思い出の場所
聖なるイデュオンの森では捕獲が禁じられており、小動物の楽園となっている。小走りに駆けて行くレッドの目の前をリスが警戒もせずに横切り、頭上では野鳥が自由気儘に飛び回っている。茂みの中には、野ウサギの姿も見られた。レッドは、以前と変わらない森の様相に心を和ませた。
レッドは、見覚えのある倒木に手をかけてひょいと飛び越え、なつかしい場所にやって来た。堂々とそこへ飛び出せたのは、聞き慣れた音も声もしなかったからである。
しみじみとその場所を眺め回して、レッドは、今見ている風景に、目に浮かぶ思い出を重ね合わせた。そして、今飛び越えた倒木を振り返る。迷うことなく幹の一部に目が留まった。少し妙な抵抗感を覚えながらも手を出して、表面を軽くなでた。ここに、いつも彼女が座っていた。記憶の中のほほ笑みははっきりしていて、レッドは瞳をかげらせた。そのまま、しばらくは無気力でたたずんだ。
「さあ・・・。」と、レッドはつぶやいた。
この思い出の場所にあえて来たのは、ここならその時を鮮明に想定できるからだ。まず、何て言おう・・・状況の説明。そうだった、本来イヴには待っている人がいる。神々の中心。そのことに関わった成り行きでこうなったのだから。
だけど、それでどうなる? 彼女はその運命を待ち望んでいるわけじゃない。
カンッ!カシッ!
カン、カン、カンッ!
かすかだが、不意に上がったその音に、レッドは目を瞬いた。木刀を打ち鳴らす・・・聞き慣れた音。
複雑な思いで、レッドはそれが聞こえてくる方へ目を向けた。どこからその音が上がったかがすぐに分かるだけでなく、その状況が目に見えるようだった。気迫満点の掛け声を上げている五人の少年の姿と、そして、彼女が管理している子供たちの基地。
レッドは思案した。どちらにせよ、イヴとの再会はもはや避けられない。それなら・・・子供たちにも会って行こうか。
レッドは思いきって、基地へと続く道を進み始めた。
岩山のそばにあるその前では、木刀を持った少年たちが、待ちきれなくて、早くもそれを打ち合わせていた。今から練習場所へ向かうのに、まだ基地から出てきていない友人がいるからだ。
「えいっ!」
「やっ!」
「とーうっ!」
「どりゃっ!」
「ダメだ、ダメだ、全員脇が甘い!そんな構え方じゃあ、脇腹から攻められるぞ。足元も隙だらけだ。」
どこからともなく聞こえたその声に、少年たちはハッとして腕を下ろした。自分たちがたてた音で、出どころがすぐにわからなかった。それは突然聞けなくなった、憧れの人の声。だけど今聞いたのは、空耳じゃないだろ? そんな顔で四人の少年は顔を見合った。鼓動は最高に高鳴っていた。それぞれが四方の別の木立へ目を向ける。
そして、見つけた。
北の暗い木陰から歩いてくる姿。背が高くて、広い肩幅と筋肉で盛り上がった腕、足が長くて・・・笑うと急に優しい顔になった。
やがて、明るい木漏れ日の中にはっきりと現れたその人は、そこで立ち止ってニヤリと笑った。
間違いない・・・。
「お兄ちゃん!」
少年たちは一斉に叫んで、夢中で駆けだしていた。思わず木刀を投げ出して。
「よお、元気にしてたか。」
レッドは、一番駆け足の早かったゼノを最初に受け止め、その脇を抱え上げた。
「お兄ちゃんだ、お兄ちゃんだ!」
「ほんとにお兄ちゃんだ!」
ティムとロビンが勢いよくレッドの腰にしがみついていき、ヴァルは背後に回って、彼の背中にポカスカとげんこつを叩きこんでいる。
「ひどいよ、黙って行っちゃうなんてさっ。」
「そうだぞ、嘘つきっ。」と、レッドの肩車からゼノも頭突きを食らわせた。
「すまない、悪かった。」
レッドはそこで、一人足りないことに気付いた。
アレックである。その少年は、一人遅れて基地から出てきたところ、レッドを見つけていた。
だが頭のよいアレックには、とっさの判断能力があった。アレックは、皆と同じようにレッドに駆け寄りたいと思う前に、サッと機転をきかせて、基地の中へ駆け戻っていたのである。
「あれ・・・アレックは?」
「お兄ちゃん!」
呼ばれて、レッドは反射的に目をやった。
そして・・・息を呑んだ。今はまだ昼下がり。時間的に有り得ないと思っていた。




