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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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戦いを終えて



 一方、そんなギルやカイルの言葉を聞いていたリューイは、この時また何か教えられた気がしていた。リューイは、ネメレのことを、関係のない町の住人までも巻き込んだ身勝手な悪魔だと思い、これまでたいして同情もできずにいた。だがその胸には、あの時の彼女の悲痛な叫びがずっと引っ掛かっていたのである。


〝・・・幸せで平和だった日々のはかなさが、悲しみの深さが、にくしみの強さが、うらみのほどが、お前に分かるのか!〟


 分からない・・・と、リューイは思った。悲しみに覚えはあっても、リーヴェの樹海で自由にのびのびと育ってきただけの自分には、憎しみや恨みを抱くことがなかった。何かハッとさせられたリューイの胸に、それは突き刺さってきたのだ。


「あの女がわめいてた言葉・・・お前、聞いてたよな。」


 急に重くなった声で、リューイが言いだした。


「ああ。」と、レッドはリューイに視線を向ける。


「お前でも・・・あんなふうに、誰かを憎いなんて思ったことあるか。」


 レッドが見ている前で、また力無く水面に向けられたリューイの双眸そうぼうはぼんやりとし、虚ろなかげりをびている。


「・・・あるよ。」


 真面目な顔でそう答えたレッドに、リューイだけでなくエミリオやギル、そしてカイルも少し驚いて目をやった。


「それって・・・どうなる感じだ ? やっぱり、我慢できないものなのか。」


「そんなことくか ? ほんとに子供みたいだな。」


 レッドはあきれて苦笑したが、すぐに真顔に戻って答えた。


「殺してやりたいって思う。いや、必ず殺してやる。地の果てまでも追いかけてやる・・・なんてことも本気で思ってたさ、あの頃は。俺は敵国に親を奪われた戦災孤児だった。ちょっと、いろいろあってな。その時、俺は相手の指揮官にひどい目にあわされた。だから、そいつのことをずっと恨み続けたよ。それがどうなる感じかって・・・自分が自分でなくなる感じ・・・かな。」


「その気持ちは・・・消せたのか。」


「消せやしないさ。俺はそんなに強くも優しくもない。ただ、前向きに生きられるようになっただけだ。ライデルたちのおかげでな。」


「あの酒場の親父さんか。」

 ギルが思い出して言った。


 それを知らないエミリオとカイルは目を見合い、首をかしげ合う。


「ああ。あの連中の思いやりと陽気さ、それにライデルの言葉に救われた。あいつらが気づかせてくれなかったら、俺は人生を無駄にしてたところだ。」


「辛い事に打ち勝つのは、敵を何十人まとめて蹴倒けたおすよりも難しいだろうな。」


 リューイにそう教えたギル自身、そんなネメレに向かって、子供を奪われた親の気持ちを思い出せ・・・などと言うには、実際 抵抗があった。親になったことのない自分がえらそうに言えたセリフではないと感じ、同じ目にったらと想像しようとしたが、恐ろしすぎてできなかったからである。可愛い盛りの我が子をむごたらしく殺害された彼女の、復讐の鬼と化すほどの辛さや悲しみは想像を絶した。


 ギルは、静かな声で言葉を続けた。

「彼女の場合は、もはや王族だけでなく、その生活をはなやかに色づかせていた者もみな許せなかったらしい。その血までも呪い、二度とこの町が、またあの頃のように華やぐことのないように・・・。」 


「古き残酷なその悲話が語り継がれることは、あまり無かったそうだ。罪も恐怖も綺麗にぬぐい去ってしまった時代の風。そして漂う幸福と、輝きに満ちた空気。彼女がよみがえった時、あの街にあふれていたものはきっと、まさに彼女が理不尽に失ったもの。でも今頃は・・・」


 そう付け足したエミリオもまた、微笑を浮かべて空を見上げた。


「たどり着けたかな・・・家族のもとに。」


 つられるようにして、みな一様に曇り空を眺めた。


「そもそも、彼女は何も悪くはなかった。この不条理な世の中に、ほかにいくらでも想像を絶する不幸はあるだろう。」


 ギルは、あとの言葉は胸の内だけでつぶやいた。


 そんな世の真の姿を知らなければ、俺は自身の人間性を成長させることができない。自分の気持ちに素直に行動し、苦しむ者をできるだけ救いたいと思って、俺は出てきた。勝手な罪滅つみほろぼしの旅に。だが良かった。とりあえず、今日一つ町を救うことができたのだから・・・。


 一方、それを聞いたリューイはゾッとし、心はいよいよ重く沈んでいった。


 想像を絶する不幸がいくらでもある・・・現実。何の罪もない者が突然見舞われ、そのまま悲惨な最期を遂げる・・・あってはならないことのはず。しかし、無情にもそれは人を選ばず襲いかかる。思えば、シオンの森の少女もそうだ。


 リューイは、深々とため息をついて考えた。やるせなくて切ない、そんな世の中を知るのは怖いと。


 まだほかにもあるだろうか、この旅路に・・・。


「こんな・・・呪われた町が。」


「違うよ。」


 カイルは、森の向こうにある白一色の町を透かし見た。


白亜はくあの街、ニルスだ。きっとこれからは、ずっと。」


 するとその時、不意にリューイの耳に聞こえてきたのは、子供の頃の記憶にある師匠の声。


〝多くの人が、お前を待っているような気がする。〟


 そしてリューイは、改めて気づいた気がしたのだった。


「俺・・・さ、師匠に・・・自分を越えて帰って来いって・・・言われたんだ。」


 ギルはそう言ったリューイを黙って見つめていたが、やがて微笑して、「・・・なるほど。」とだけ返した。


 自分を越えて帰ってこい・・・師匠のその言葉は、やはり肉体的に強くなることだけを言っていたのでは、きっとない。それに、正しく生きる者を狙う不幸があるなら、止めてやればいい。それがきっと、自分を超える旅になる。


 この仲間たちとなら・・・。


 意味するものに気づいたリューイは、急に晴れやかになったその顔で、そばにいる一人一人を順ぐりに見た。


 それに気づいたレッドが、気味悪そうに顔をしかめていた。


 実際、その小舟からニルスの町はほとんど見えない。視界を支配するのは、ひっそりとした広漠こうばくたる湖である。


「白亜の街と、そして、四つの風がつどう湖・・・リトレア。」


 詩を読み上げるように、エミリオが老婆から聞いた話をまた口にしたが、今は無風だ。


「風など ―― 。」


 言おうとして、ギルは声をのどに詰まらせた。


 風が吹いたのである。


 空を隠していた灰色の雲がすれ違いながらゆっくりと動き出し、その隙間すきまから一筋ひとすじ、また一筋と白い光が降りてきて、陰鬱いんうつな色の水面を明るく照らしだした。


 四方から風が集い始めたその湖は、目もくらむばかりに美しく光り輝いた。







   .・✽.・ E N D ・.✽・.











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