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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第2章  邂逅の町  〈Ⅰ -邂逅編〉
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気になる兄妹


 レッドとスエヴィは、店の奥の、ちょうどカウンターとは正反対の場所にいた。騒がしい客席からも少し距離があり、ここなら気を散らされることなく、じっくりと話ができそうだ。


「レッド、お前のおかげで城は大騒ぎだぞ。いったいどういうつもりだ。」

 まゆをひそめたあきれ顔で、スエヴィは言った。 


「最初で最後の旅をさせてやりたいと思ってな。」


「そんなきっかけじゃあなかったろ?」


 レッドは、スエヴィの目から視線をらして黙った。

 スエヴィは派手なため息をついてみせる。


「やっぱりお嬢様のわがままか。お前ほどの男にもそんな弱点があるとはな。そんな調子じゃあ、小公女様に振り回されっぱなしになるぞ。俺が連れて帰ろうか。お前はもう立派な犯罪者だからな。俺が上手く言っておいてやるからさ。」


「スエヴィ・・・もう少しだけ待ってくれ。あいつに世間の表と、それ以上に裏を教えてやりたいんだ。必要なことだと思わないか。あいつは公爵の一人娘なんだ。あの輝かしいトルクメイ公国を今のままにしていくために、あいつの思いやりを育てたい。」


 レッドは、カウンター席へ目をやった。

 スエヴィも同じように首を向けた。


「レッド・・・。だが、いつまで。」


「東の安全な国々を適当に回って、すぐに連れて帰るよ。その中でどれだけのことを教えてやれるか分からないが、あの平和そのものの、浮かれたトルクメイよりは学べることもあるだろう。」


めてんのか、けなしてんのか。俺の故郷だぞ、トルクメイは。」


「褒めてるに決まってるだろ。俺たちアイアスが求める理想郷だ。俺たちは、大陸全土がそうなることを願って戦い続けるさだめなんだからな。」


「まあ・・・閣下は理解のある温厚な人だが。お前のことを認めているし。だが、許されるうちに返してやれよ。あまり閣下の信用をそこなうようなことはするな。」


「分かってる。お前はすぐに帰るのか。」


「知り合いに呼ばれて、ちょいと来ただけだからな。一週間以内には。」


「そうか。皆によろしく言っといてくれ、何も言わずに出てきたからな。それから、心配かけて悪かったって。姫も元気だと。」


「ああ。なあ、レッド。」


 その呼びかけに応えて、レッドはスエヴィの目を見た。


「戻ってきたら、また皆で楽しくやろうぜ。それからまた一緒に旅をしよう。なっ、お前のさだめに付き合うからさ。俺の腕は知ってるだろ。」


 レッドはすぐには何も言わず、アーチの窓からひときわ輝いている一等星を眺めた。この時、頭中に浮かんだテリーへの誓いを見つめていた。


「そうだな・・・。」

 レッドは、窓越しの星空を見上げたまま答えた。


「帰って来たら、俺たちにちゃんと声かけろよ。信じて待ってるからな。」

 スエヴィは、自分でもくどいと思われるほどに念を押して言った。レッドのその姿が、また勝手にどこかへ消えてしまいそうな雰囲気をただよわせているからである。


 そんなスエヴィに、レッドは曖昧あいまい微笑びしょうで応えた。






 カウンター席にいるミーアを、その時、レッドとスエヴィのほかにも、もう一人眺めている男がいた。戦場に立ったことはないと言った見事な大剣の使い手で、アルバドル帝国の皇太子は見たこともないはずの、青紫の目の端整たんせいな男――ギル。


「どうかしたかい。」

 エミリオは怪訝けげんそうに声をかけた。


「あの子・・・。」


「え・・・。」


「何となく似てるんだよな・・・トルクメイ公国の公爵令嬢に。」

 ギルはカウンター席に目を向けているそのままで答えた。


「公爵令嬢に?」


 エミリオに向き直って、ギルはうなずいた。

「ああ。お目にかかったのは、俺が確か二十歳はたちの時だった。父上とかの公爵とは縁があるから、俺も何度かおとずれたことがある。その時、ご令嬢はまだ赤ん坊だったが、目元に特徴があったうえ、さらってしまいたいほど可愛い子だったから覚えている。」


 ギルは本気とも冗談ともつかない笑みを浮かべ、エミリオもふっと笑い声を漏らした。


「それで、今頃はちょうどあの子のような顔になってるんじゃないかと、ふと思ったんでな。しかもきっと、それはお上品でおしとやかな小公女様に成長していることだろう。それにしても、あんな妹がいたなんて意外だな。見たところ年齢の差もありすぎだし、全く似ていないから異母妹いぼまいかもな。」


「どういうことだい。」


「実は、あの男とは一度会っているんだ ※ 。廊下ですれ違っただけだが。どういうわけか、その時は父親ほど年の差はあるだろう、いかにもベテランらしいアイアスの男と一緒だった。そのアイアスを宰相さいしょうの用心棒にやとい、彼はおまけでついてきたわけだが・・・。」


「おまけ?」


「ああ。アイアス一人いればじゅうぶんだからな。だがあの男はそこで、歩兵軍大佐を負かしてみせたらしい。その時聞いた年齢からすると、今は二十歳か二十一ってところだろうが、当時十代で佐官クラス以上の腕だぜ。アイアスの方は、戦闘能力だけなら大将よりも遥かに上だろうな。」


「それは凄い。」

 本心から驚いて、エミリオも感嘆かんたんした。


「ちなみに、彼の本名はレドリー。レドリー・カーフェイのはずだ。レッドはあだ名だろうな。こんな形でまた会えるとは。思わずあせっちまった。それにしても、自分で自分のことを英雄なんて言うのは抵抗があるな。いったい、どんなふうにうわさになっているんだ?」


 そうして話にきりがつくと、二人の間にやや沈黙が続いた。そのあいだ、ギルは手首をかせて、飲みかけのグラスをゆっくりと回していた。


 ギルは、ビールのあとに追加注文したそれを一口飲みくだして、椅子の背凭せもたれに寄りかかった。その時、苦い表情を浮かべたが、それは強い酒のせいだけではなかった。


 ギルは口元くちもとゆるめて呟いた。

傑作けっさくか・・・。」

 そして向かいにいる、かつて本気で殺し合いをした相手を見た。


 エミリオも、肩をすくう思いで苦笑してみせた。






※ 『アルタクティス ZERO』外伝4~ 運命のヘルクトロイ ~ ―「凄腕の連れ」参照







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