決死のダイブ
間もなく、長い直線の渡り廊下が見えた。これを抜ければ、女神像が立ち並ぶあの塔の下に出られるはずだ。
五人は崩れ落ちてきそうな渡り廊下の屋根の下を、駆けだした勢いのまま抜けるまで速度を落とすことなく走り抜けた。そして女神の彫像群に迎えられて、ついに塔の下までたどり着いた。そこでは石畳がひび割れ、天井から欠けた大小様々な石の欠片が、麗しく優美な女神たちを脳天から容赦なく殴りつけていた。傷ついた天上のほほ笑みが、無言の悲鳴を上げている。
「幸運の女神たちともお別れだ。」
切ない声でギルが言った。
五人は塔の上へと続く螺旋階段に足をかけた。
屋上にたどり着くまでのあいだ何の会話もなく上り続けていると、やがて生温い外気に触れた。
予想はついて覚悟はしていた。それでもカイルは、螺旋階段を駆け上るうちに次第に不安が募り、足がすくみ始めている自分に気づいていた。
「ねえ・・・絶対だとは思うけど、ここから飛び込めっての?」
行き着く所までやってきて、恐る恐る、カイルはきいた。
ほかの者はみな、すでに上着や靴を潔く脱ぎ捨てている。
石造りの堅牢な塔で、縁は交互に凹凸をめぐらしてある狭間胸壁。少し張り出していて幅もあるので、飛び込み台にするにも問題なさそうだ。
問題なのは、この坊やだ。
「正解。それじゃあ行ってみようか。」
ギルがにこやかに頷いた。
「そんなノリで行けるわけないでしょっ!」
「ほら脱げよ。早くしないと、ここも倒れちまうぞ。」
レッドが急かした。
「鬼・・・。」
カイルはしぶしぶ下をのぞいた。
ずいぶん湖面が遠くに見える。
「こんなの無理だよ、死んじゃうよおっ!」
エミリオは困ったというように眉根を寄せた。
「カイル、君を置いては先に行けない。」
仕方なくカイルは勇気を振りしぼってもう一度湖をのぞいたが、やはり思いきることができずにぐずった。
「ああもうっ、この根性なしがっ!」
リューイが身を乗り出した。
リューイは逃げ腰になるカイルをとっ捕まえると、素早く上着を脱がせて肩に担ぎ上げたのである。そしてそのまま、片足を縁にかけた。
「うわっ、ちょ待っ・・・心のっ・・・!」
心の準備? 待ってられるかと言わんばかりに平気で無視して、リューイは軽々と振りかぶり、力いっぱい放り投げてしまった。
「ほら息吸い込めえ!」
「うぎゃあーっ!」
カイルの絞め殺されるがちょうのような悲鳴が湖へ向かって消えていった。
「お先っ。」
そう言うや否や、続いてリューイもあっという間に姿を消した。早くあとを追って、息を吸い込むどころか喚きながらダイブしたカイルが溺れてしまわないうちに、体を引き上げてやらなければならない。
「あいつ、うぎゃあーって落ちていったぞ、息もつか?」と、レッドも急いであとに続いた。
それを見送ってから、ギルは初めて湖面を見下ろした。
「おお、ほんとに高いな。」
「ギル・・・その傷で泳げるか。」
ギルは屈託なくほほ笑んでみせる。
「それはお互い様だ。あいつらもな。」
そう答えると、ギルは先に飛び込んだ三人を見た。誰もが傷だらけに違いはない。湖の水は相当 傷口にこたえるだろうから、あとで仲良くそろってカイルの世話になることだろう。
「おーいカイル、あとでよろしく頼むぞ・・・聞いてないな。」
ギルは声を張り上げたが、本人には全く届いてはいないようだ。なんせ、そのカイルは今、リューイに雨あられと悪口をぶちまけている真っ最中。
「鬼っ、悪魔っ、恨んでやる!ぶらんべ・・・ぶはっ、げほっ!」
「助け甲斐のないヤツ・・・。」
いきなり沈んだカイルの腰をグイと持ち上げ直して、リューイは肩をすくった。結果的にいつも助かっているのだから、少しくらいは感謝の言葉が聞きたいものだと。
リューイはそれから、文句たらたらのカイルをレッドにパスして、傷だらけのギルのために急いで小舟を取りに向かった。
ギルが先に立った。体中の傷が疼きだす。こんな有様で水に浸かれば、実際どうなるか・・・恐ろしい。めった刺しのような強烈な痛みで体が動かなくなり、泳ぐどころではなくなるだろう。
それでも、ほかに逃げ場はない。
肩の傷口あたりをつかんだギルは、目を閉じて深呼吸をした。そして覚悟を決め、潔く身を投げ出そうとした、矢先。
「私が助ける。」
その声に、ギルはいったん踏みとどまった。見ると、エミリオも距離を空けて塔の縁に立っている。
ギルはふっと笑った。
「よろしく頼む、相棒。」
間もなく、二人は同時に足元を蹴った。




