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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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脱出



 ゾッとするような破壊音が立て続けに上がる。高価な調度品や壁掛け、華やかな天井画、それらが全て一緒くたとなって埋もれていく。


 地震では、倒壊と共に恐れられるのが火。これがそうなら、住宅や店舗などから出火した火が燃え広がって、あの美しい白い街はそのうち地獄と化してしまう。だが異常に長時間続いているので、断層がずれ動くことによる地震だとも思えない。何か特別な力がここにだけ働いているような、呪縛じゅばくからき放たれた小島が不意に目覚め、生きて動いている。そのような感じだ。


「地面が・・・崩落する。」

 エミリオがつぶやいた。


「何て言った。」

 ギルはぎょっとして聞き返した。その言葉にギルも気付いた。


「この下は、いや、恐らく島全体があの迷路だ。このままではそこも崩れる。この島から脱出しなければ。」


「だが、どこから出ればいいんだ。腰をえて考えてる場合じゃないぞ。入ってきた渡り廊下まで出られれば、湖まではすぐそこだったな。」


 とうの上から外観を見てきたエミリオは、首を振った。


「いや、道が上手くつながっているとは限らない。そのうえ樹木などに邪魔されて通れない恐れもある。塔から湖へ飛び込もう。すぐ真下に水面が見えた。確実に湖へ出られる最短距離だ。」


「高さは。」


「少し勇気がいる。」


「・・・水深は?」


「大丈夫だ。下には小舟を通していたらしい水路があった。目を凝らして見たが、この小島の位置から考えても水深と障害物の心配はない。」


 ギルはしばらく返事ができなかったが、やがて、「・・・信じるぞ?」と、言った。


「ただ・・・心配なのが一人いる。」


「ああ・・・いっそのこと放り込むか。」


 恐ろしい音をたてて、頭の上から瓦礫がれきが落ちてくる。大昔に王宮などの大構築物だいこうちくぶつに用いられた石材などだ。幾何学きかがく的に造られた宮殿のあちこちにひびが走り、屋根ががれ、崩れ落ちてゆくものはしたたかに叩き付けられて粉々《こなごな》にくだけ散った。立っていられないほどの揺れではないが、きりもなく続くこの揺れが、壁を掻きむしるように徐々に破壊している。どこかが崩れる時は、一度に襲ってくる。突き上げるような振動も何度かあった。その度に体のバランスをとりながら立ち止まったが、カイルだけは耐えきれず、腰をぶつけそうになったところを、そばにいるレッドに助けられたこともある。そして治まるとまた突っ走るということを繰り返しながら、とにかくこの宮殿から、いや、島から離れることだけを考えた。


 行く手の三階の床、つまり今いる場所の天井は、ひび網目あみめをめぐらすように広がっている。まだ崩れるまでには至っていないが、それも辛うじてだ。たった今通過してきた所の天井が抜けた時には、思わず足が止まりそうになった。


 ある時、カイルは突然、心臓が止まったような顔をした。真上でとてつもない破壊音が聞こえたからだ。たちまち崩れたものと一緒に銅像が転がり落ちてきて、すぐ背後を突き抜けていった。罅割れた床では何の抵抗力もなく、まるで濡れた紙を突き破るかのように呆気なく底が抜けた。


「うわああっ!」


 仰天ぎょうてんしてバランスを崩し、カイルも一緒に落ちそうになって腕を泳がせたところを、一瞬のうちにつかまれ、もの凄い力で引っ張り上げられた。


 それはまたも、付き添うように隣を走っているレッドにだが、レッドはずっと前に目を向けたままで無言。その横顔は切迫感に追い詰められていて、いよいよ険しくなっていた。だが、カイルの手首をつかんだその手は、それからしばらく放れることはなかった。


 下へ続く階段が見えた。一階がつぶれてひしゃげてしまう前に、回廊かいろうと塔を結ぶあの渡り廊下へ抜け出さなくてはならない。だがその渡り廊下も、果たしてそれと呼べるもので残ってくれているかどうか・・・。


 滑るような勢いで欄干らんかん伝いにニ、三段飛ばしで階段を駆けくだり、大きな亀裂きれつができている傷ついた大理石の広い廊下を突っ走った。そこらじゅうから、壁の漆喰しっくいや石の欠片かけらが降ってくる。


 やがて、見覚えのある広大な回廊に出た。だがそこは、見覚えがあるとは言い難い様相を呈していた。柱から天井を支える尖塔せんとうアーチの屋根には崩れている箇所があり、下でくだけて散乱している。神々の彫像ちょうぞうをのせた円柱は、どれも足元が危うい感じだ。壁面のひびは無数に枝分えだわかれして、命あるもののように伸び広がってゆく。


 そしてとうとう、飾り円柱がぐらぐらと揺らぎだした。だが突進するしか道はない。すぐに次々と倒れてくるだろう。ここで辟易へきえきして足を止めたら、間違いなく巻き込まれて脱出は不可能になる。


「抜けるぞ!」

 エミリオが怒鳴った。ふだんは穏やかな口調の紳士で、めったに大声など出さない男だ。

 

 周りの迫力に負けじと、みな疲労に打ち勝って加速した。


 この驚異的な現象の直中ただなかでは、虫けら同然の存在でしかない。それでも、ここまでねばり強く生きながらえてきた。目的も果たした。あとはもう帰るだけだというのに、こんなところで呆気なくつぶされて死ぬなど御免だ。


 ついに、それら神々をのせた柱の数々が、大きくかたむきだした。


 ギルはヒヤリとして見上げた・・・きわどい。


「急げ !」


 そして間一髪、倒壊する柱の真下をかいくぐった。全員、無事だ。そうして、ひとまず倒れてくるものが無い場所まで逃げきることができると、誰もが肩で息をしながら思わず振り返った。


 その時。


 壁に激突しながら倒れゆく円柱の数々が、ついさっき走り抜けてきた場所を完全にふさいで横たわった。


 ここで初めて、背後の様相を目の当たりにした彼ら。その光景に唖然と立ちすくむ。


 当時はさぞたたえられただろう一流の壁画も、倒れた柱にやられて無残に打ちくだかれていた。台風をまともにこうむった森のやわな木々のように、力無く転がった柱の数々。その破壊のさなかで、天窓のステンドグラスが散り散りに降り注ぐさまは妖麗だ・・・。


 息を呑んだ・・・この宮殿は瓦礫がれきと化す。


 彼らは一面の残骸ざんがいを見つめ、たたずんだ。


「行こう・・・。」

 エミリオが静かにうながした。









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