カイルの限界
「ここにあるものは何もかも汚らわしい。汚してやる・・・何もかも呪ってやる。白亜の街などと、自慢できないようにしてやるわ。」
「自分が何をしているか、分かっているのか。」
傷つけられても、ギルは言い止めなかった。それどころか、ますます声を張り上げた。
「何も知らない幼子をためらいもなく殺せる。罪のない者を平気で不幸にできる。同じことだぞ、あんたが恨み、汚らわしいとけなした一族と ―― 」
「うるさいっ!」
「あんたも・・・同類だ。」
痛みをこらえて無理に反論したギルの腿に、大きな生々しい裂傷ができている。
「カイル!」
止めてくれ! 言おうとしてリューイは振り向いたが、焦る気持ちに拍車をかけただけだった。
カイルは炎と魔物をおさえるだけで精一杯だ。青ざめた顔で眉間に皺を寄せ、目をかたく瞑り、一心不乱に呪文を唱え続けている。深く、深く自身の中にもぐって、念を一つにありったけの力を汲み上げようとしている。
「レッド・・・。」
リューイに呼びかけられて、ギルに気をとられていたレッドが顔を向けると、リューイはひどく不安そうな目をしていた。その目で、リューイはカイルを見た。
促されるままに目をやったレッドは、同時にあることに気付いて、リューイが思う以上の懸念を抱いた。レッドはカイルの様子をみにそばへ寄り、それから視線を上げて、この舞踏会場を見回した。
この炎は精霊によるもので、カイルがおさえてくれてはいても、閉めきられた室内で実際に熱さを感じ、炙られ続けているような状態で休みなく口を動かしていれば、体は恐らく熱射病などと同じようになってしまう。この状況下で呪文を唱え呪術を続けることは、見ている方が思う以上に危険で、辛いだろう。
まずい・・・このままでは・・・。
「カイルが・・・自滅しちまう。」
「え・・・。」
「ここで、こんな調子で喋り続けたら、体はきっとまともでいられなくなる。機能障害が起こって、そのうち、し・・・。」
レッドが何を言いかけたかが分かって、リューイはハッと驚き、うろたえた。
「今すぐ止めさせようっ。」
しかしリューイ自身、そうもいかないことは分かっていた。リューイは、苦渋の表情で黙り込んだレッドを見つめ、それからエミリオを見た。何かといつも最善の決断をしてくれるのは、ギルとエミリオの二人だ。
背後のそんな様子にはエミリオも気付いていて、肩越しに顔を向けていた。それから、そっとギルのそばを離れたエミリオは、リューイを見て、ギルに聞こえないよう静かな声で言った。
「リューイ・・・ギルがきめるまで・・・耐えてくれるのを祈るしかない。ギルが集中して相手を狙えるようにするには、カイルの力が必要だから。」
「俺たちにできるのは・・・それだけかよ。」
悔しくて拳を固めたリューイは、ふと思い出した。それからパッと動いて、カイルの背後から軽く肩を支えた。そして、どうしたのかと目を向けていたレッドやエミリオに言った。
「砂漠でこいつ・・・支えてて・・・って言ったんだ。だから・・・。」
そういえば、バルカ・サリ砂漠の戦い(※)で、リューイはずっと、カイルの肩に手を置いていた。それを思い出したレッドは、リューイを見て微笑した。
「そうか。カイルを頼む。」
目を見合ったレッドとエミリオは、再びギルのそばに控えた。
ギルの首筋を何かがかすめ、血が滴る。
「思い出せよ。ここに埋め尽くされている怨念は全て、我が子や、夫への愛が変貌したものなんだろうが。子供を奪われた親の気持ちを思い出せ。」
勇ましかったギルの声は、二人が戻ってきた時には無理に押し出すようなものになっていた。
「愛など本性は残酷なもの。胸を切り裂くだけでは飽き足らず、精神も人格までも破壊して、容赦なく破滅へと追いやる残忍な凶器。そんなもの、もういらぬわ ! 子供を亡くしたから何だというの。私の子や夫を簡単に殺した兵士も、この町の者たち。所詮は罪にまみれた醜い時代の末裔。哀れな者たちよ。」
「愚かなことを言うな!」
ギルが本気で怒鳴った直後に、左肩から血が噴き出した。
思わずレッドが身を乗り出す。
「レッド。」
エミリオが苦い表情で呼び止め、そして首を振った。
体で庇おうとすれば視界をさえぎり、邪魔をすることになる。分かっていたが、とても黙ってじっとしてなどいられない。毅然たる態度を崩しはしないが、ギルはもう立っているのがやっとのはずだ。その後ろ姿から、レッドは苛立たしげに顔をそむけた。
※ 参照 : 『アルタクティス 邂逅編 〜 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 〜』 第3章 精霊石 — 7. 超自然の戦い




