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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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カイルの限界



「ここにあるものは何もかも汚らわしい。汚してやる・・・何もかも呪ってやる。白亜はくあの街などと、自慢できないようにしてやるわ。」


「自分が何をしているか、分かっているのか。」

 傷つけられても、ギルは言い止めなかった。それどころか、ますます声を張り上げた。

「何も知らない幼子おさなごをためらいもなく殺せる。罪のない者を平気で不幸にできる。同じことだぞ、あんたが恨み、汚らわしいとけなした一族と ―― 」


「うるさいっ!」


「あんたも・・・同類だ。」


 痛みをこらえて無理に反論したギルのももに、大きな生々しい裂傷れっしょうができている。


「カイル!」

 止めてくれ! 言おうとしてリューイは振り向いたが、あせる気持ちに拍車はくしゃをかけただけだった。


 カイルは炎と魔物をおさえるだけで精一杯だ。青ざめた顔で眉間みけんしわを寄せ、目をかたくつむり、一心不乱に呪文を唱え続けている。深く、深く自身の中にもぐって、念を一つにありったけの力をみ上げようとしている。


「レッド・・・。」


 リューイに呼びかけられて、ギルに気をとられていたレッドが顔を向けると、リューイはひどく不安そうな目をしていた。その目で、リューイはカイルを見た。


 うながされるままに目をやったレッドは、同時にあることに気付いて、リューイが思う以上の懸念けねんを抱いた。レッドはカイルの様子をみにそばへ寄り、それから視線を上げて、この舞踏会場を見回した。


 この炎は精霊によるもので、カイルがおさえてくれてはいても、閉めきられた室内で実際に熱さを感じ、あぶられ続けているような状態で休みなく口を動かしていれば、体は恐らく熱射病などと同じようになってしまう。この状況下で呪文を唱え呪術を続けることは、見ている方が思う以上に危険で、つらいだろう。


 まずい・・・このままでは・・・。


「カイルが・・・自滅しちまう。」


「え・・・。」


「ここで、こんな調子で喋り続けたら、体はきっとまともでいられなくなる。機能障害が起こって、そのうち、し・・・。」


 レッドが何を言いかけたかが分かって、リューイはハッと驚き、うろたえた。


「今すぐ止めさせようっ。」


 しかしリューイ自身、そうもいかないことは分かっていた。リューイは、苦渋の表情で黙り込んだレッドを見つめ、それからエミリオを見た。何かといつも最善の決断をしてくれるのは、ギルとエミリオの二人だ。


 背後のそんな様子にはエミリオも気付いていて、肩越しに顔を向けていた。それから、そっとギルのそばを離れたエミリオは、リューイを見て、ギルに聞こえないよう静かな声で言った。

「リューイ・・・ギルがきめるまで・・・耐えてくれるのを祈るしかない。ギルが集中して相手を狙えるようにするには、カイルの力が必要だから。」


「俺たちにできるのは・・・それだけかよ。」

 くやしくてこぶしを固めたリューイは、ふと思い出した。それからパッと動いて、カイルの背後から軽く肩を支えた。そして、どうしたのかと目を向けていたレッドやエミリオに言った。

「砂漠でこいつ・・・支えてて・・・って言ったんだ。だから・・・。」


 そういえば、バルカ・サリ砂漠の戦い(※)で、リューイはずっと、カイルの肩に手を置いていた。それを思い出したレッドは、リューイを見て微笑した。

「そうか。カイルを頼む。」


 目を見合ったレッドとエミリオは、再びギルのそばにひかえた。


 ギルの首筋を何かがかすめ、血がしたたる。


「思い出せよ。ここに埋め尽くされている怨念は全て、我が子や、夫への愛が変貌へんぼうしたものなんだろうが。子供を奪われた親の気持ちを思い出せ。」


 いさましかったギルの声は、二人が戻ってきた時には無理に押し出すようなものになっていた。


「愛など本性は残酷なもの。胸を切り裂くだけでは飽き足らず、精神も人格までも破壊して、容赦ようしゃなく破滅はめつへと追いやる残忍な凶器。そんなもの、もういらぬわ ! 子供を亡くしたから何だというの。私の子や夫を簡単に殺した兵士も、この町の者たち。所詮しょせんは罪にまみれた醜い時代の末裔まつえい。哀れな者たちよ。」


「愚かなことを言うな!」


 ギルが本気で怒鳴った直後に、左肩から血が噴き出した。


 思わずレッドが身を乗り出す。


「レッド。」

 エミリオが苦い表情で呼び止め、そして首を振った。


 体でかばおうとすれば視界をさえぎり、邪魔をすることになる。分かっていたが、とても黙ってじっとしてなどいられない。毅然きぜんたる態度を崩しはしないが、ギルはもう立っているのがやっとのはずだ。その後ろ姿から、レッドは苛立いらだたしげに顔をそむけた。






※ 参照 : 『アルタクティス 邂逅編 〜 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 〜』 第3章 精霊石 — 7. 超自然の戦い







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