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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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見えない凶器



 ギルは背中に手を回して、再び背負っていた長弓をつかんだ。


「いけるか。」

 エミリオがきいた。


「ちょろいね。」

 ギルは銀の矢をつがえながら、さらりと言ってのけた。


 しかし、自信に満ちたその口ぶりとは裏腹に、正直それに欠けるというのが本音だ。矢が飛び過ぎていくのは一瞬。そのまま玉座にいてくれさえすれば、不意をついて標的をとらえることはできるだろう。だが・・・。


 視界が・・・悪い。


「ほんとか ? 届きゃあいいってもんじゃないんだぜ。」


 レッドもそんな声をかけてきた。


「任せろ。」


 ギルはいたって冷静に仲間たちをなだめる。無理にでも訳ないふうを装っていなければ、緊張して手元が狂ってしまう。ギルは目を凝らし、矢を引き寄せて遠くをにらんだ。揺らめく炎の向こうでは、やはり視界がかすんで照準しょうじゅんを合わせにくい。不安が胸に差しこんでくる。


 一方、エミリオはこの時考えていた。矢で封印する・・・それはつまり、彼女の魂はにくしみにまみれたまま、またこの世に貼り付けにされることになるのではと。このまま、間に合わせのような解決の仕方しか、方法はないのだろうか。もし彼女がい改めることができれば、あるいは・・・。


「ギル、待ってくれ。」


「え・・・。」


「話がしたい。」


「・・・準備だけはしておくぞ。」


 つるにしかけた矢はそのまま、ギルは再び狙いをつけにかかった。どうせ、それだけにも時間がかかる。


 ギルの隣に立ったエミリオは、声を張り上げてネメレに言った。

「あなたのしていることは、いくら続けても復讐にはならない。あやまちに気付いてあなたが望みさえすれば、きっと帰れる・・・あなたが愛する家族や、そしてクレアのもとに。」と。


 しばらく何の返事もなかった。


 実際、その名前がエミリオの口から出た時、ネメレは驚いてうつろな目を大きくしていた。憎悪ぞうおに駆られるあまり忘れていた記憶が、一瞬、よみがえった。


「あなたがこの矢にかかれば、また封印されることになる。そうなれば・・・帰れなくなってしまう。」


 ネメレはまだ口をこうとしない。だが少しすると、エミリオの隣でいきなりギルが、「ぐあっ!」という痛烈な悲鳴を漏らし、それにネメレの冷淡な声が続いた。


「余計な口をたたけば、お友達が痛い思いをするわよ。」


 ギルのはずを握っている右腕から一筋ひとすじ、何が起きたのか血が流れている。


「まだ話がしたいか。取り付く島もないと思うぞ。」

 痛みのせいで、ギルはうめくようにそう言った。


「いや・・・もういい。」

 エミリオは悲しげに目を伏せた。


 するとどうしたのか、ギルが痛みをこらえて再び構えだしたその時、急にネメレがうつむいて、弱々しくなったように見えたのである。


「本当に来るとはね・・・この復讐の鬼と化した・・・私をあやめに。」


 違う空気を感じたと思った。自嘲じちょう・・・しているように聞こえた。その響きに、ギルの凝らしている鋭い瞳は、ふとくもりを帯びた。


「町の美しさが許せなかった・・・。」


 彼女の中に潜む何かがある。それは、先ほどまでの彼女とは逆の立場にあって、対立するもの・・・エミリオやギルは、そんな直感を覚えた。


「王の不名誉や王妃の罪業ざいごうは世間には知られず、美徳のみを臣民しんみんにひけらかしていた。町の誰もが王や王妃をあがめ、たたえ、王族のために働いて、この町を美しく立派なものにしていた。王は、この町の栄誉は全て己が築き上げたものと自負じふしていた。だから私が、この町を自慢などできないものにしてやったわ。白亜はくあの街ですって。いいえ、呪われた町。ここは世の末までそうののしられるのよ。」


 ネメレの落ち着き払っていた声が、次第にいきどおり始める。


「なのにこの町はまた息を吹き返し、あの頃と同じ姿でここにあった。この町の輝かしい栄誉は全て、あの罪深き非道な歴史の上に平気で居座っているというのに。」


 骨と皮だけの体は、目もくらむばかりの憤怒ふんぬでわなわなと震えている。この時、ネメレは、薄暗うすぐらい丘の上の墓地で、雨にうたれながらたたずんでいる自分の姿を見つめていた。目の前にある墓石に目を向けていながら、入れ替わる思い出の断片と、凄惨せいさんな記憶を見ている自分を。そこで復讐を誓ったことを思い出した。


「エミリオ、気が変わった。」ギルは腕を下ろし、構えるのを止めた。「説得する気はないが、言ってやりたいことがある。」


 妙な力で傷を負わされたはずのギルは、恐れもせずに一歩前へ。


「王家一族は滅んだ。当時の城も、今は町の人々のためにある、もはやただの城館だ。この町の輝かしさは、新しい歴史の上に生まれた。同じ姿などではない。」


「おだまり・・・。」


 ネメレが毒のこもった声で重くつぶやいたが、ギルは言いつのった。


「ここに、あんたの子供はいるか ? 夫はどうだ ? まだあの世へ行けずに彷徨さまよっているか ? いつまでも、そんなうらみやにくしみに縛られているから、また自分だけ取り残されるんだ。そうしている限り、あんたは暗闇から抜け出せない。」


「おだまりっ!」


 興奮して怒鳴ったネメレが妙な動きをしたのと、ギルが左頬に痛みを感じたのは、ほぼ同時だった。血が伝うのが感触で分かった。







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