酷似の二人-2
レッドは、まさかと思った。スエヴィと共に戦場を渡り歩いていた時、二人は互いにどこで何をしていたかなどの情報交換を、会話の中で自然とし合っていた。だから、この展開が何を意味するかに、レッドはたちまち気付いたのである。
それでレッドは、唖然と口を開けたままその美しい男を凝視し、それからスエヴィを見つめた。
スエヴィは、首を捻る思いでレッドを見つめ返した。
「どうしたよ。」
驚きのあまり、レッドは言葉もなく青紫の目の男を指差した。
「は?なんだよ。」
「・・・そっくりなんだ。」
「誰が・・・誰に。」
「アルバドル帝国の皇太子に・・・この人。」
すると、スエヴィも目を大きくして、その連れである美貌の男の方を見た。
「この人は・・・エルファラムの皇子にそっくりなんだ。」
「だから驚いてる。」
すると美貌の男が言った。
「そんなに似てるか。」
レッドとスエヴィは、示し合わせたように声をそろえた。
「似すぎにもほどがある。」
いきなり高笑いが響いた。
「はははは・・・やっぱ無理かあ。」
そう声を上げたのは、青紫の目の男。そして男は、急にへらへらしながらこう言葉を続けた。
「そのとおり、俺たちは本人なんだよ。いや実はさ、城の暮らしに飽きたもんで、エルファラムの皇子を誘って出てきたってわけさ。ごまかせると思ったんだけどな、俺たちそんなに有名なんじゃあ、やっぱ無理だな。城に帰るか。」
狐につままれたような顔でしばらく固まっていた二人だったが、男のこの言動には思わず口をそろえ、一緒になって噴き出した。
この一気に緩んだ空気の中で、男は向かいにいる連れに、そっと安堵の目を向ける。
そこで急に真顔に戻ったスエヴィが、こんな話を始めた。
「そういえば、俺がエルファラムの帝都にいた頃に事件が起こってさ。」
「お前確か、誰かお偉いさんの用心棒に雇われたんだっけ。」と、レッドが口を挟んだ。
「ああ。支配下の町を回るってんで、それに付いて行ったんだが、契約が決まるや雇い主とずっと一緒に行動してたんだ。その時に騒ぎが起こって、なんでも宮殿の中庭で読書をしていたエミリオ皇子の頭上から、ベランダに置いてあったガラス製の花瓶が落ちてきたらしい。そばに控えていた従者が気づいて庇ったもんで、王子は無傷で助かったが、その付き人は直撃をくらって重体。命は助かったものの、何か後遺症が残るのは避けられないだろうって聞いた。」
青紫の目の男は、今度はハッと相方に目を向けた。突然、頭をつかんで俯いたからだ。
「エミリオ・・・大丈夫か。」
思わずそう声をかけた男は、連れの顔を覗き込むように窺った。その異様な様子は、今の話に反応してのことだ。
「あ、ああ、一瞬頭痛がしただけだ。もうなんともない。」
のろのろと顔を上げ、ぎこちなく微笑む美貌の男。
一方そばでは、スエヴィとレッドの二人が、いよいよ驚いたという目を向けている。
「今、エミリオって・・・言ったか。」
スエヴィは思わず一歩下がった。
男はしまったと思った。今はタイミングが悪すぎる。
「あ、ああ、実はそうなんだ。エルファラムの皇子もエミリオっていうんだ、知らなかった。」
「あんたは何ていうんだい。俺はレッド。」
「レッド?」
「え・・・。」
「ああ、いや。よろしく、レッド。俺は・・・ギル。」
「アルバドルの皇太子は、ギルベルトって名だったと思うが。」
「ただのギルさ。すごい偶然が重なるもんだな。」
「ほんとに。名前まで一緒なんて、傑作だな。」
レッドが言うと、スエヴィもそれに続けた。
「こんなこともあるもんだなあ。俺の今までで一番驚いた。」
「こっちこそ。」
男は人懐っこい笑みを浮かべる。
「エルファラムの皇子のことも、顔や名前までは知らなかったが、噂は聞いていたからな。その英雄たちに似ていると言われるなんて、びっくりだ。」
「だろうな。」とレッド。
不思議なことに、彼のこの気さくさに触れたとたん、レッドには急に、彼がそれなりに似ている・・・程度に見えてきた。
それで、レッドは言った。
「思えば、俺が見たのはもうずいぶん前の話だからな。」
「エルファラムの皇子も長髪だったしな。背中まである美事な髪を一つに束ねていた。」
「それにしても、敵対する二大大国の皇子が、こんな場所で仲良く飲み合ってるって、一瞬本気で思っちまった自分がおかしいよ。」
「その時のお前の顔、傑作。」
「お前だって。」
二人の軽妙な会話に、男も一緒になって笑い合った。美貌の男は控えめに微笑し、その会話の間さっぱりついていけなかったリューイは、ただそばから眺めているばかりである。
そして一息ついた時、スエヴィはこう言った。
「でもやっぱり、そんな光景こそ、ほんとにあったら傑作だな。」
レッドは、不意に自分の傍らを見下ろした。上着の裾を引っ張られたからである。
カウンター席におとなしく座っているはずのミーアだった。
焦ったのはスエヴィだ。だが、スエヴィが思わず叫びそうになるよりも早く、レッドはわざとスエヴィの目を見据えてから、ミーアに言った。
「どうした、ミナ。」と。
スエヴィは理解して黙った。
「お腹すいちゃった。」
青紫の目の男は、その愛らしい少女をじっと見つめていた。この逞しい二人の若者にとってつけたようであるというほかにも、それには理由があった。
それで、男は問うてみた。
「この子は・・・どちらかの妹さん?」
「ああ、俺の。」と、レッドは何食わぬ顔。
ミーアは内心毒づきたい思いだったが、話を合わせるということを子供なりに心得ていたので、「初めまして。」と、わざと気取った態度で演じてみせた。
「こちらこそ。可愛い子だな。」
「顔以外はそうでも。」
「どういう意味よ。」
ミーアはいつものふくれっ面に。
「ミナ、腹が減ったなら、勝手に好きなもの頼んで作ってもらえばいいだろう。」
「だって、よく分かんない料理ばっかりなんだもん。おやじさんは、ずっと忙しそうにしてるし。」
「ああそうか。リューイ、適当に何か作ってもらえるよう、おやじに言ってくれ。ミナを頼む。」
レッドはそう言うと、スエヴィの腕を掴んだ。
「ちょっと来てくれ。」
そしてレッドは、スエヴィを店の奥の窓際へと連れて行った。スエヴィの方に、言いたいことが山ほどあるのは分かっている。
リューイは、ミーアの手を取った。
「じゃあ、俺たちもこれで。」
「またどこかで会えるかもな。」と、青紫の目の男は微笑した。
「ああ。どこかでまた。」
リューイも微笑み返して、ミーアと一緒にまた細い通路を縫いながらカウンターへと戻って行った。