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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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死体と死闘



 バキッという破壊音がした。突然のことに一瞬、血の気が引いた。居間に武器を飾っていた主人。運悪くおのを見つけられてしまったのだと分かった。おかげで木のドアはすぐに壊され、上段の本が全て飛び出して、骨がき出しのくさりかけた腕が、その棚の奥から突きだしてきた。続けて二本も三本も、次々と灰色の手が伸びてくる。二重の防御などもろともせず、開けた穴から狂ったように木片を引き剥がし、目をみはる勢いで破壊していく。


 なんて力 ⁉ あの腕に捕まったらと思うと、ゾッとする。それに、ひどい臭い。シャナイアはその迫力と耐えがたい腐臭ふしゅうとに、思わず一歩引いた。


 呆気あっけなくドアは破られた。


 魂の抜け殻が五体、ゆっくりと迫ってくる。動作は鈍いが、それらは障害物があっても目もくれず、ぎこちない動きを止めることなく近付いて来る。


 やってやるわよ、化け物だろうが何だろうが・・・!


 ほとんど自棄やけだったが、シャナイアは無理にでも強気でいようと自身を奮い立たせた。


 おのを持った死人が、いきなりそれを投げつけてきた。


 だがシャナイアはしめたと思い、冷静に左へけた。背後には窓があり、狙い通りに、斧は窓を破って落ちていった。これで敵の武器は無くなった。


 次は、ひょろりとした死人が正面から向かってきた。眼球はけ崩れ、頬の肉はそげ落ち、首の骨が剥き出しの死体が。


 シャナイアは腕を上げて目の前で剣を構えた。するどさを持ち味とするその剣ではふさわしいとは言えなかったが、力いっぱいななめから押し斬って首を切断することはできた。


 ところが、死人を再び葬ろうどころか、それは何の痛手も受けてはおらず、真下に落ちた自分の顔を蹴り飛ばして、なおも両腕を突き出してきたのである。


「やだうそっ、こんなのなしよおっ。」


 どこまでも反則と言いたげな悲鳴を上げ、シャナイアはあわてて飛び退いた。予想はしていたが、考えたくはなかったことだ。


 だが敵は一体ではない。


 着地すると同時に、左右から気味の悪い手が伸びてくる。ひるむことなく体を回して、シャナイアはそれらを続けざまに切り刻んだ。


 腐った身体は、ドアを破壊された時の馬力が嘘のように切断することはできる。倒れないのなら襲いかかることができないようにしてやり、外へ逃げるしかないと考えたシャナイアは、肩の関節を狙って両腕を切り落とした。実際、斬られたというより外された感じでそれは両腕を失ったが、ますます厄介やっかいなことになった。


 床に落ちた腕が、なんと骨が見えている五本指をカタカタッと動かして、歩き出したのだ。それに仰天ぎょうてんして目を奪われていると何かが足に当たってきて、シャナイアはよろめき床に倒れた。足元には、不気味な眼窩がんかを向けてくる最初に切断した頭部が。それがひとりでにゴロゴロと転がってきたのである。シャナイアは急いで立ち上がろうとした。だができない。足をつかまれている。腕だけの化け物に・・・!


 シャーナと泣き叫ぶ声が部屋中に響いた。目隠しするようにミーアを抱き寄せた夫人も視線をそらし、主人は恐怖のあまりしびれたようになっている。


 身動きできない体に、さらに二体が襲いかかった。剣はまだ手元にあるが、もはや勝ち目はない。それどころか、この絶望的な状況に心を折られて、力を入れることすらできない。


 シャナイアも思わず観念しそうになった、その時。


 不意に飛び出してきたキースが、一体に体当たりを仕掛けたのである。もう一体の巨漢には、フィクサーが爪をたてて頭につかみかかった。


 一体を攻撃したあと、キースはシャナイアの足をつかまえている腕と、そばに落ちている頭をも横殴りにたたき飛ばし、そして、シャナイアの隣で威嚇の姿勢をとった。


 一方のフィクサーも、しきりに手を動かしてくる巨漢の頭に、翼をバタつかせてしつこくまとわりついている。


「キース、フィクサー。」


 そうだった・・・ほかにも戦力になるものはいた。シャナイアは勇気と気力を取り戻して起き上がり、再び剣を握りしめた。そしてひたいを撫でながら深呼吸をした。


「あなた達もいたのよね、助かったわ。」


 だが、動くしかばねと一緒に、まだこの部屋にいる。胸を撫で下ろせるような状況ではない。現に突然、けたたましい鳥の鳴き声が耳をつんざいた。


 フィクサーの悲鳴・・・!


 見ると、肋骨ろっこつが剥き出しの巨漢が、ついにフィクサーを捕まえて翼をもごうとしている。


 シャナイアが動くよりも早く、キースがその巨体に突進していった。だが、倒れたのは反動を食らったキースの方。その一瞬できたすきにフィクサーはのがれたが、代わりにキースが大きな手に捕まり、乱暴に押さえつけられている。


 すぐさま剣を水平に構えたシャナイアは、不意に気付いた。両手で武器を持ち上げている今、その左の手首にめているものが何であると言われていたかに。


 それは、ワインレッドの宝石が光るブレスレット。カイルが確か、こう言っていた。


 太陽神アルスランサーの使徒が宿る精霊石・・・と。


「ちょっと、私はいちおうあなたの代わりなんでしょ ⁉ あなた、死ぬわよ、いいの ⁉」


 シャナイアは、自分の体を見下ろして怒鳴った。本気でそんなことをする自分が信じられなかったが、もう神にもすがる思いだ。


「何とか言ってみなさいよ !」


 すると、思いもよらないことが起こった。


 ほとんど愚痴ぐちのつもりだったのに、次の瞬間、とたんに体内の血が騒ぎだして、カッと熱くなるのを感じたのである。それと同時に、赤い宝石の中心から広がった強烈な閃光せんこうが、窓の外へ飛び出していくほど部屋いっぱいに放たれたのだ。


 シャナイアはアッと息を呑み、思わず目を閉じた。









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