死体と死闘
バキッという破壊音がした。突然のことに一瞬、血の気が引いた。居間に武器を飾っていた主人。運悪く斧を見つけられてしまったのだと分かった。おかげで木のドアはすぐに壊され、上段の本が全て飛び出して、骨が剥き出しの腐りかけた腕が、その棚の奥から突きだしてきた。続けて二本も三本も、次々と灰色の手が伸びてくる。二重の防御などもろともせず、開けた穴から狂ったように木片を引き剥がし、目をみはる勢いで破壊していく。
なんて力 ⁉ あの腕に捕まったらと思うと、ゾッとする。それに、ひどい臭い。シャナイアはその迫力と耐えがたい腐臭とに、思わず一歩引いた。
呆気なくドアは破られた。
魂の抜け殻が五体、ゆっくりと迫ってくる。動作は鈍いが、それらは障害物があっても目もくれず、ぎこちない動きを止めることなく近付いて来る。
やってやるわよ、化け物だろうが何だろうが・・・!
ほとんど自棄だったが、シャナイアは無理にでも強気でいようと自身を奮い立たせた。
斧を持った死人が、いきなりそれを投げつけてきた。
だがシャナイアはしめたと思い、冷静に左へ避けた。背後には窓があり、狙い通りに、斧は窓を破って落ちていった。これで敵の武器は無くなった。
次は、ひょろりとした死人が正面から向かってきた。眼球は解け崩れ、頬の肉はそげ落ち、首の骨が剥き出しの死体が。
シャナイアは腕を上げて目の前で剣を構えた。鋭さを持ち味とするその剣ではふさわしいとは言えなかったが、力いっぱい斜めから押し斬って首を切断することはできた。
ところが、死人を再び葬ろうどころか、それは何の痛手も受けてはおらず、真下に落ちた自分の顔を蹴り飛ばして、なおも両腕を突き出してきたのである。
「やだうそっ、こんなのなしよおっ。」
どこまでも反則と言いたげな悲鳴を上げ、シャナイアはあわてて飛び退いた。予想はしていたが、考えたくはなかったことだ。
だが敵は一体ではない。
着地すると同時に、左右から気味の悪い手が伸びてくる。怯むことなく体を回して、シャナイアはそれらを続けざまに切り刻んだ。
腐った身体は、ドアを破壊された時の馬力が嘘のように切断することはできる。倒れないのなら襲いかかることができないようにしてやり、外へ逃げるしかないと考えたシャナイアは、肩の関節を狙って両腕を切り落とした。実際、斬られたというより外された感じでそれは両腕を失ったが、ますます厄介なことになった。
床に落ちた腕が、なんと骨が見えている五本指をカタカタッと動かして、歩き出したのだ。それに仰天して目を奪われていると何かが足に当たってきて、シャナイアはよろめき床に倒れた。足元には、不気味な眼窩を向けてくる最初に切断した頭部が。それがひとりでにゴロゴロと転がってきたのである。シャナイアは急いで立ち上がろうとした。だができない。足をつかまれている。腕だけの化け物に・・・!
シャーナと泣き叫ぶ声が部屋中に響いた。目隠しするようにミーアを抱き寄せた夫人も視線をそらし、主人は恐怖のあまり痺れたようになっている。
身動きできない体に、さらに二体が襲いかかった。剣はまだ手元にあるが、もはや勝ち目はない。それどころか、この絶望的な状況に心を折られて、力を入れることすらできない。
シャナイアも思わず観念しそうになった、その時。
不意に飛び出してきたキースが、一体に体当たりを仕掛けたのである。もう一体の巨漢には、フィクサーが爪をたてて頭につかみかかった。
一体を攻撃したあと、キースはシャナイアの足をつかまえている腕と、そばに落ちている頭をも横殴りにたたき飛ばし、そして、シャナイアの隣で威嚇の姿勢をとった。
一方のフィクサーも、しきりに手を動かしてくる巨漢の頭に、翼をバタつかせてしつこく纏わりついている。
「キース、フィクサー。」
そうだった・・・ほかにも戦力になるものはいた。シャナイアは勇気と気力を取り戻して起き上がり、再び剣を握りしめた。そして額を撫でながら深呼吸をした。
「あなた達もいたのよね、助かったわ。」
だが、動く屍と一緒に、まだこの部屋にいる。胸を撫で下ろせるような状況ではない。現に突然、けたたましい鳥の鳴き声が耳をつんざいた。
フィクサーの悲鳴・・・!
見ると、肋骨が剥き出しの巨漢が、ついにフィクサーを捕まえて翼をもごうとしている。
シャナイアが動くよりも早く、キースがその巨体に突進していった。だが、倒れたのは反動を食らったキースの方。その一瞬できた隙にフィクサーは逃れたが、代わりにキースが大きな手に捕まり、乱暴に押さえつけられている。
すぐさま剣を水平に構えたシャナイアは、不意に気付いた。両手で武器を持ち上げている今、その左の手首に嵌めているものが何であると言われていたかに。
それは、ワインレッドの宝石が光るブレスレット。カイルが確か、こう言っていた。
太陽神アルスランサーの使徒が宿る精霊石・・・と。
「ちょっと、私はいちおうあなたの代わりなんでしょ ⁉ あなた、死ぬわよ、いいの ⁉」
シャナイアは、自分の体を見下ろして怒鳴った。本気でそんなことをする自分が信じられなかったが、もう神にもすがる思いだ。
「何とか言ってみなさいよ !」
すると、思いもよらないことが起こった。
ほとんど愚痴のつもりだったのに、次の瞬間、とたんに体内の血が騒ぎだして、カッと熱くなるのを感じたのである。それと同時に、赤い宝石の中心から広がった強烈な閃光が、窓の外へ飛び出していくほど部屋いっぱいに放たれたのだ。
シャナイアはアッと息を呑み、思わず目を閉じた。




