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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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敵は死に人



 その窓へ駆け寄ったシャナイアは、思いきって外を見た・・・死体を。だが、ただの魂の抜け殻ではない。シャナイアは不意をつかれて愕然がくぜんとなった。どんな怪物が襲ってくるかと、いちおう心の準備はしていた。それが、動く死体とは。血の気の無い、土気色つちけいろどころか完全な灰色の顔。ずっと首をかしげているように見える者がいる。まともじゃない。まだ少し距離があるが、とにかく異様なそれらが五体、それでも確かに地面を踏みしめながら歩いて来るのである。


 しかし幸い、冷静に戻るのは早かった。普通ならぎゃあぎゃあわめき散らして、誰かの胸にしがみ付いているところだが、今は不思議と、戦場で相手にした敵と同じように、それらを見ることができた。ただ、手にしているものは、ずいぶん頼りなく思えてならなかった。死体を斬って意味があるの ? と。


 だけど、私が守らなくちゃあ・・・。


 シャナイアは剣をグッと握りしめ、窓を開けてフィクサーを部屋へ入れた。


「鍵をかけて、窓も全部!」


 すぐさま勝手口を閉めた主人は、急いで玄関へ走った。夫人も、シャナイアも、次々と窓に鍵をかけていく。


 ミーアは怖くて仕方がなく、シャナイアの腕に手を伸ばした。ところが、とたんにこばまれて驚いた。泣きべそをかいて見上げると、シャナイアも悲しそうに見つめ返してきた。


「私に近付いてはダメ。一緒にいてあげたいけど、それじゃあダメなのよ。」


 シャナイアはミーアの手を取って、夫人のところへ連れて行った。ミーアは夫人に手を握ってもらったが、少しも気持ちが楽になどなりはしなかった。


 シャナイアは再び窓辺へ行き、恐る恐る外の様子を見た。


 動く死体はかなり接近していた。腐敗ふはいしてただれた皮膚ひふに、ボロ布と化した死装束しにしょうぞくをまとっているのが分かる。やはり、一目瞭然の化け物。


 息を殺してじっとしていると、勝手口には気づかれず、窓の外も横切って行った。だが、それらの進行方向には、分かりやすく玄関がある。


 シャナイアは食堂を出て、玄関へ向かった。


 やがて、外からおぞましい気配がやってきた。


 ドアが揺れ動く。


 蹴破けやぶられる・・・!


 くさりかけている体とは思えない力強さだ。


 シャナイアは覚悟を決め、玄関のドアに向かって武器を構えた。


「シャナイアさん、何するつもりです⁉」

 追いかけてきた主人が怒鳴った。


「皆、二階へ行ってて!」


「いけません、さあ一緒に!」


「私は戦士よ。いくつもの戦場を踏んできたの。簡単にはられないわ・・・見慣みなれてるし。」


 動いていないものをだけど・・・と、シャナイアは心の中で付け足した。


 そこへ――。


「シャーナ、そばにいて ! 離れたくない、もう離れるのやだ !」


 振り向くと、あとからついてきたミーアが、今にも泣きだしそうな顔で立っている。その後ろには夫人もいた。


 臨戦りんせん態勢をとっているシャナイアは、きしむドアの向こうと、心配そうに見つめてくる主人と夫人、それにミーアの顔を、そのまま視線だけを動かして交互に見た。


 シャナイアはため息をつくと、剣を握る手をおろした。


「分かったわ。二階の一番広い部屋はどこ?」


「え・・・。」

 なぜあえてそこを指定するのかが分からず、主人がきき返す。


「広い方がいいわ。どうせやるなら・・・」

 そう言いながらかがみこんだシャナイアは、長いスカートを引き上げ、すそひざの上でくくった。

「動きやすい方が。」


 足首まであった素敵な緋色ひいろのスカートは、くしゃくしゃに丸められて、膝上のたけになってしまった。


 蝶番ちょうつがいの一つが壊れる音がした。


「早く!」


 ミーアの手を握ったシャナイアは、夫婦を急かして一緒に二階へ駆け上がった。


 四人は奥の部屋へ飛び込んだ。ドアのすぐ近くに本棚がある。その十段造りの大きな本棚を動かしてドアをふさぎ、さらにベッドで押さえて防御ぼうぎょを強化した。


 だが、あとの手段など何もない。ただ戦うのみだ。


 稲光いなびかりが瞬き、直後に雷鳴がとどろいて、無理に閉じ込めた恐怖心が押し出されてしまう。


 シャナイアは二つある照明を点けて部屋を明るくした。


 ほかの者は部屋のすみに固まって小さくなっている。ミーアは夫人にしっかりと抱かれ、主人は手に一輪挿いちりんざしの銀の花瓶かびんを握り締めている。すっかりおびえきっていて戦力にはなれそうになかったが。


 一階で大きな物音がした。ドアが外れて踏み倒される音。


 シャナイアは今いる部屋のドアをにらみつけて、再び構えた。階段を上がってくる音、そしてのろい足音が途切とぎれることなく響いてくる。その気配は着実に近づいていて、次第に大きくなる。


 息苦しい・・・不意打ちを警戒する時でさえ落ち着いていられたというのに。やはり相手は化け物という意識がぬぐいきれないせいか。引き締めた気持ちと競り合うように動揺がある。強気と弱気を行ったり来たりする。常に強気でいたいのに、ふと切り替わってしまう。あわてて立て直すものの、いよいよ切迫していて完全に打ち勝つことはできそうにない。そんな時間なんてない。もう、すぐそこに来ている。


 戦場では、何をどうすればいいのか、意識しなくても働いてくれた反射神経。お願い、機能しますように。


 そう祈りながら、シャナイアは臨戦態勢を崩さずゆっくりと深呼吸をした。


 来た・・・!









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