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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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息苦しい時間



 主人は食堂の裏口から、重く薄暗い光の中へ出た。これで何度目だろうか。彼は湖から帰ってきてからというもの、とにかくこればかりを繰り返している。


 例の離宮へ向かった彼らを見送ったあとは、誰もが食堂にいて、息苦しい時間をほとんど変化無く過ごしていた。


 ソファに腰掛けている夫人は、テーブルクロスに刺繍ししゅうする作業をずいぶん長く続けている。ミーアは、キースの頭から背中を繰り返しでていて、それをシャナイアは、もう一脚ある長ソファから眺めているが、二人とも心ここにあらずといった様子。ただどこかさみしそうにしているミーアに対して、実のところ、シャナイアは居ても立ってもいられない思いだった。


 長い・・・。時の経過がひどく遅く感じられる。


 みんなは今、どんな局面に立っているのだろう。それとも、もうやり遂げただろうか。帰路についているだろうか。無事だろうか・・・。不安で胸がつぶれそうになる。シャナイアは努めて、まさか・・・の方へは考えないようにしていた。急いで別のことを考えた。そうでもしないと、気が変になってしまいそう。


 主人がまた外へ出て、そして戻ってくる。


「あなた、少しは落ち着いてくださいな。」

 夫人が静かに声をかけた。


「あ・・・ああ。そうだね。」

 主人も作り笑った。が、足はまだそわそわしている。


 夫人の言葉をきっかけに、シャナイアも何かを言わなければと思った。ずっとのしかかっていた沈黙の重みを、もっと緩和かんわさせたかった。


「よければ、私が何か作りましょうか。」と、シャナイアは夫人に申し出た。そしてミーアを見て、優しくほおゆるめた。「何か食べましょう。ね、ミーア。」


 ミーアは、朝から何も口にしてはいなかった。原因は、目覚めたとたん、とてつもない寂しさを覚えたから。いつもそばに居て優しくしてくれる者たちが、リサの村での時のように、また忽然こつぜんと姿を消していたのだ。シャナイアがごまかそうとしても、ミーアはたちまち心細くなってしまったようだった。それに、誰もが上手く平然とできずにいる。おまけに、今にも降りだしそうな曇り空。きっと、あれもこれも不吉と感じさせてしまっている・・・。


 それでも、何でもないふうを装っていなければ、この幼い少女をますます不安にさせてしまう。


 それで、夫人は言った。

「そうね、そうしましょう。シャナイアさんはお客様なんですから、どうぞ座っていらして。ミーアちゃん、何か食べたいものある? 何でもいいわよ。」


 ミーアは床にしゃがんだまま、ほほ笑んでみせている夫人とシャナイアの顔をうかがい、ようやく首を縦に振った。


「白いスープが飲みたい。」


 リクエストは、夕食の前菜のあとに出したじゃがいもの冷製スープだ。


 夫人はにっこり請け合って刺繍枠ししゅうわくを置き、席を立った。


 その時、空からうなるような轟音ごうおんが。


「雷が鳴り出したわね・・・嫌だわ。」

 天井越しに空を見上げて、夫人は眉をひそめる。


 すると、シャナイアの不安や心配は、突然、はっきりとした恐怖に変わった。張り詰めていた緊張が、にわかに恐怖となって胸を締めだし、動悸どうきがしだした。不意に、また別の恐ろしい可能性を思い出したのである。それは、もはや背筋せすじが凍りつく嫌な予感。それも確信に近い。


 そんなシャナイアに冷静を取り戻させたのは、同じように恐怖にかられて立ち上がり、胸に駆け込んできたミーアの小さな体だった。


「シャーナ、怖い。何か・・・怖いよ。」


「大丈夫よ、ミーア。レッドもリューイも、みんな、じきに帰ってくるから。」

 おびえるミーアを抱き締め、シャナイアは自身にもそう言い聞かせた。


 やがて雨が襲ってきた。雨脚あまあしは強い。


「降ってきましたな。」

 主人は窓の外に目をやり、急に暗くなった部屋の灯りを点けに行った。


 その時、今までおとなしく伏せていたキースが、いきなりキッと頭を上げた。それからサッと膝を伸ばして背中を向けたかと思うと、キースは壁に向かって威嚇いかくしだしたのである。のどを鳴らし、低いうなり声を上げている。


「キース・・・。」


 シャナイアは、用意していた細剣さいけんをつかんだ。これを使わなければならないことが、とうとう起こりそうな気がした。


 そこへ、窓の外に大きなものが舞い下りてきた。


「おや、たかですか。」


「フィクサーだわ。」


 主人は、キースが威嚇している相手をそれだと思いこんでいる様子だったが、シャナイアは違うと知っている。


「ギルが飼い慣らしている鷹なの。入れてあげてもいいかしら。」


「そういうことなら、ええどうぞ。」


 ちょうどスープを持ってそこを通りかかった夫人は、そのまま窓辺に歩み寄った。


 シャナイアは反射的に腰を上げた。


 夫人の後ろ姿がビクッと固まったからだ。その瞬間、持っているトレーから白いスープ皿がすべり落ちた。皿が落下して床にたたきつけられ、中身が全て床にき散る。


 なのに、夫人は何の反応もしない。その顔は派手に汚れた床ではなく、窓の外へ向けられたままだ。


 だが、突然 ―― 。


 夫人はけたたましい悲鳴をあげた。








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