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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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数分間の恐怖



 抜け道から突風のような勢いで飛び出してきたものは、逃げるよりも先に剣を構えたエミリオの左腕をかすめ、そのままレッドがたてにしている豪華な円卓を目指した。


 転がるようにして、レッドは素早く場所移動。


 間一髪、それはテーブルを木端微塵こっぱみじんくだいてグルリとそこで向きを変え、まずリューイが隠れたソファを払いのけたが、続いて襲うことはせず、エミリオと同じく剣を抜いて構えたばかりのギルの方へ、低空走行で向かった。


 ねらいをつけられず、ギルはひとまず床に身を投げ出してかわした。 


 またロープのような黒くて長いそれは、倒れたギルの目の前でググッと上昇したかと思うと、すぐに折り返して垂直降下してくる。倒れたまま転がって逃れたギルは、それが、先ほどまで自分の顔と心臓があった辺りの床を、二度続けてたたきつぶすところを見た。


 すると、今度は不意に波打ちながら引き下がり、り返って方向を転換したのである。それが次に向かう先には、カイルを引き起こしてやろうとしているリューイがいた。


 間に合わない・・・!


 リューイはそのままグイッとカイルを放り投げた。


 最も近くにいたレッドが真っ先にしたことは、剣を構えるよりも何よりもリューイのすぐ前にすべり出て、再び舞い戻ってきたその怪物に腕をくれてやることだった。


 強靭きょうじんなその黒いものは、リューイの腰にからみつく前に、横合いから突き出されたレッドの腕に巻き付いて、グイグイと穴の中へ引き摺り込もうとする。レッドはさっと腰を落として手漕てこぎボートの態勢にもっていくと、かかとを床に押し付け、体全体で必死の抵抗をした。


 すぐに反応したリューイが、急いでレッドのもう片腕を握りしめた。レッドが引っ張ってくれと言わんばかりに差し伸べてきたのである。そして、レッドがとられた方の腕をじりじりと顔まで引き寄せたところを、手を伸ばしてつかみ取った。


 なめし皮のような手触てざわりだ。それに、常人ならとうてい対抗できないだろう、この力。ますます強くなっていく。リューイの手助けがあと一歩遅かったら、耐え切れなかった体がたちまち引き摺られて、床の上を転がり回っていたところだ。レッドは思って、ゾッとした。


 真っ先に腕をやられたエミリオは、まだしびれる腕のまま紫電一閃しでんいっせん、今はピンと張っているその黒いものをち切った。


切り離された先端部はレッドの腕からダラリと滑り落ち、床の上でしばらく痙攣けいれんしていたが、本体につながる方は斬られた口から毒々しい漆黒しっこくの液体を垂らして、ますます豪快によじれながら天井めがけておどり上がった。そして、空中でぐるぐる暴れ回って長さを取り戻すと、続けざまに目をみはる速さで下りてくる。


 こちらかと思えばあちら、あちらかと思えばまたこちら、というように、さっさと獲物を替えてしまう。こいつの動きはめちゃくちゃだ。恐らく見えてはいないだろうから、音か何かに反応しているに違いない。とにかく何かを捕まえて、住処すみかへ引き摺り込むことだけに無我夢中のようだ。


 そう考えたギルは、そばにあった人型のブロンズ像に目をとめるや、荒々しくつかみ取った。


「どいてくれ、エミリオ!」


 そう叫ぶと、ギルはエミリオがひらりと飛びのいた場所へ、手にしたものを投げつける。


 ギルがしかけた彫像ちょうぞうは上手い具合に化け物に触れ、刺激した。それはただの置物おきものにしっかりとからみついて、また波打ちながら引いていったのである。


 穴の中から聞こえる轟音ごうおんが、どんどん小さくなっていく。


 突如として静けさが戻った。


 必死と夢中で過ぎ去った数分間だった・・・。


「・・・同じやつか?」


 やがて、レッドが腕を押さえながら、誰よりも早くそうつぶやいた。締めつけられたあとが赤い螺旋模様らせんもようの傷となってくっきりと残り、れ上がった皮膚に血が滲んでいたが、リューイのおかげで大事には至らずに済んだ。


「色は違っていたが・・・何だろうな。」と、ギルはカイルの方を向く。


 こういう奇怪なものは、とりあえず不思議な術を使える少年にきいてみる。


「そこに落ちてるの、ごらんよ。」


 リューイに投げられてまだ床に倒れたまま、カイルはのろのろと手を動かして、レッドの足もとを指差した。それからリューイに手を引いてもらい、立ち上がった。


 エミリオは、ほとんど無意識に痛みをこらえていた。左腕には、一瞬当たっただけだというのに、一筋ひとすじの鋭い傷ができている。だがそれよりも、部屋に残された怪物の一部 ―― エミリオが切り落としたもの ―― を険しい面持ちで見つめ下ろしていた。


「大丈夫か。」


 肩に手を置かれて、ほかに気を取られていたエミリオは我に返った。かすかにうなずいて、ほほ笑んでみせる。相手の動きや性質を見抜いて、臨機応変に機転が利くギルをさすがだと思い、頭が下がる思いがした。


 エミリオの隣から、ギルも改めてそれを見た。


 一同、顔を寄せ合い、その物体を凝視ぎょうしして一様に渋面じゅうめんを浮かべる。


「不気味・・・。」

 カイルは自分の両肩を抱いた。


 謎の怪物が残していったそれは、黒くてザラついた表面をしている。熱帯の原生林に生息する大蛇だいじゃのようなまだら模様がうっすらとうかがえる。切り口からタールのような粘りのある液体を吐き出し、やはり人跡未踏じんせきみとうの樹海に潜んでいそうな未知の何かを思わせた。


「で・・・。」と、ギルが言った。「どうだったんだ。このお化け屋敷の造りでも、少しは把握できたか。」


 カイルは首を左右に振った。

「ぜんぜん。あの迷路を造らせた奴の宮殿だよ。わっかるわけないじゃないか。」


「さてと、王の部屋には居なかったが・・・このあと、どこへ向かう。」

 中でもカイルやエミリオに向かって、レッドが意見を求めた。


 エミリオは、この宮殿のことを丁寧に教えてくれた、あの老婆の話をよく思い出してみる・・・そして・・・。


「舞踏会場・・・。」と、エミリオはつぶやいた。「全階吹き抜けの大舞踏会場があると、ご老婆が言っていた。もしかしたら、我々の動きがある程度分かるのかもしれない。彼女も術使いなら不意の攻撃に弱く、接近戦を嫌うはず。ならば・・・。」


 ギルは腕を組んだ。

「広い場所で待ち構える・・・か。」









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