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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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風神オルセイディウスの力



 エミリオとカイルは、青白い光の輪の中心にいる。座り込んでいるカイルの姿は見えないが、たたずむエミリオの後ろ姿には思わず息を呑むものがあった。かつて長髪だった柔らかい琥珀こはく色の髪は優雅になびき、長い上着のすそは、どこから吹いているのか分からない強風にあおられて揺れ動いている。本人の体だけが何の影響も受けずに、勇ましい態度で堂々と足を踏みしめているかに見えた。その姿は見ている方には美しくさえある。


 実際、エミリオ自身は、ひどい重圧と疲労感に耐えかねていた。この非常時にもかかわらず、そうしてほかの三人が半分見惚(みと)れているあいだにも、カイルはもういくつもの呪文を口にし、それをエミリオは正確に繰り返している。全身、押さえつけられているように重く、血が沸きたつように熱い。高熱で立ったまま無理にしゃべり続けているようなものだった。


 すると、今度は竜巻たつまきが訪れた。鋭利なやいばと化した風が、魔物の胴体をズタズタに切り刻む。


「あいつの・・・力なのか。」

 ギルが震える声でつぶやいた。


 するとレッドが、なかば無意識に言葉を続けていた。

「神々の・・・中心。」と。


 よし、いける!


 魔物はもはや虫の息。とどめを刺すくらいはできると判断したカイルは、呪文を言い終えて隣に立っているエミリオを見上げた。


「あとは僕が。」


 エミリオは息をきらせてうなずいた。声が出せない。


 すっと右腕を上げたカイルは、いつしか当たり前のようにしてきたことを、初心にかえり気を引き締めて、丁寧に行った。その支配下にある精霊の気をひくために、べる神をたたえ、召喚しょうかんするゆるしを請うこと。実際には神とは交信などできはしないが、霊能力をもつ術使いであれば、この下界のどこかにひそむ精霊には声が届く。神々をたたえるのは、古来、精霊たちの反応を得るのに最も効果的だとされてきたから。事実、これまでは何の問題もなく召喚できた。


 そして今、すみやかに、そのしもべの精霊たちはやってきた。


 こたえた、やっと捕まえた。


 カイルはキレのある動作で右腕を動かしながら、静かに呪文を唱え始める。さっきまでの見捨てられたような寂しさはまだ残っていたが、立ち直り精進しょうじんしようと誓った。


 驚いたことに、息も絶え絶えだったはずの魔物が大きく体を震わせた・・・が、それは反撃に出る気力を取り戻したのではなく、むしろシメられる前の鮮魚のようなもの。


 その突然の動きにも焦ることなく、カイルは落ち着いて呪文をあげ連ね、容赦なくたたみかける。そして最後、四つのいんをしっかりと結んだ。


 離れた場所に避難した者たちの目には、まるでアリ大群たいぐんが捕食する様子を見ているように映った。衝撃を受けた。精霊とは、それを操る存在によって様々に、全く違った顔を見せる。


 そうして、もがき回るだけの体はみるみるむさぼられ、やがて、どさりと廊下に腹を付けたかと思うと、ピクリとも動かなくなった。


 ついに、死に至らしめた。


 終わったと確信して、エミリオはふっと右のひざを折った。


 背後で見守るしかできなかった仲間たちが、あわてて駆け寄ってくる。ギルだけは、まだ頼りない足を引きずっていた。


「ごめん、エミリオ。僕、キツイ呪文使ったと思う。でも一番記憶に自信があったから。」


 この時代、術使いによる精霊同士の戦いが起こること自体、そうあることでは無くなった。そんな今、カイルが唱えたものは、祖父が使った戦闘術の中で最も記憶に新しかった。しかも都合のよいことに、風の精霊を使役する呪文だ。


 膝を付いたままのエミリオは、青ざめた微笑を浮かべた。

「いや、少しこたえたが大丈夫だ。君は・・・。」


「僕は平気。立てる?」


 エミリオはうなずいたが、レッドが素早く肩を貸してやると遠慮せずにもたれかかった。


 そうしながら、エミリオの脳裏に、信じ難い、だが実際に今この場で起こった出来事が、ありありとよみがえる。


 本当に・・・私が・・・? エミリオは、チラとカイルに目を向けた。


「今のは・・・本当にお前がやったのか?」


 困惑しているエミリオは、同じ面持おももちでそういてきたギルを見つめ返すだけである。


「そうだよ、エミリオがやったんだ。とどめは僕が刺したけど。呪文の系統が違うの聞いてて分からなかった?」


 ほかの誰にも分かるはずのないことをもっともらしく、カイルはそんな話を続けた。


「余裕がなくて分かり辛かったかもしれないけど、あの呪文はエミリオが・・・神精術師が唱えて初めて機能するんだ。あなたは間違いなく、この大陸を救うべく生まれた人。じきに、嫌でも自覚できるようになるよ。精霊を自在に操れるようになるはず。」


「体がもちそうにない。」と、エミリオは言下に返した。カイルの言うことを受け入れるかというよりも前に、真っ先に抱いた感想だった。


「今のは全くの呪文だけで、手を使わなかった分、解りやすく導いてやることができなかったから、精霊たちの方でも戸惑って少し混乱状態だった。それらを押さえつけるようにして支配してたから体に応えたんだ。ちゃんと神精術を体得して、迷わさないようコントロールできるようになれば、体にかかる負担は軽くなるはずだよ。」


「やはり・・・本気なのかい。」


「だがエミリオ、これを確かにお前がやったとしたら凄いぞ。その神精術ってのも、ほんとにちょっと挑戦してみてもいいんじゃないか。」

 ギルはずいぶん軽い声でそう言った。


「挑戦って・・・。」と、カイル。


「エミリオにそんな力があるってのは、さすがにちょっとは信じられるな。」と、レッド。


「ああ、ちょっと実感できたよな。」と、リューイ。


「嘘でしょ・・・。」


 カイルはがっくりと肩を落とした。この人たちに自覚してもらえるようになるまで、まだまだかかりそうだ。


 大きなため息をつきながら、リューイは廊下に足をのばした。


 レッドも隣にきて座りこんだ。


 そして、嘘のように静まり返った辺りの様子を、ただ呆然と眺めた。急に、どっと疲れが襲ってきた。ふと目を向ければ魔物の死骸がそこにあってゾッとするが、すぐに先へ進もうという気にはなれない。


「ふ・・・ふは・・・ははは・・・。」 


 不意に、リューイの口から笑い声が。


 だがレッドは、それを変だとは思わなかった。それどころか、同じように笑い始めたのである。死ぬほど恐ろしい目にあったあとに、なぜだか可笑おかしさがこみ上げてくる。その気持ちに共感できた。


「俺たち、虫のお化けと喧嘩してたんだぜ、最高。」

 リューイが言った。


「あいつ強すぎだろ。」と、レッド。 


 ギルはやれやれと肩をすくい、エミリオとカイルは呆れて見ている。


「まったくもう・・・早く自覚してよね、やりにくいから。それにしてもよかったあ、呪文間違えないで。さすがエミリオ。」


 呪術による戦闘術というものは、下手をすると自身の肉体に跳ね返ってくる。その反動で炎に包まれたり、吹き飛ばされたり、体を切られたり、おぼれたり・・・その結果、最悪の場合には命を落とす。


 恐怖と切迫感と、紙一重かみひとえの緊張感がよみがえってくる。


「この手は、怖くってもう使えないね・・・。」









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