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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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最後の手段



「エミリオ、力を貸し・・・しぇぇっ⁉」


 悲鳴を上げたカイルは、とっさに首をすくめて前のめりにうずくまった。


 刹那せつなに、つい先ほどまで上半身があったところを、ゾッとするものが豪快に横断していった。


「すまない、大丈夫か。」

 あわてて駆け戻ってきたエミリオは、一人にしてしまったことをびた。


「そうじゃなくて、神精術を・・・僕の言うことをそのまま繰り返して!」


 エミリオのパワーなら、それだけでも必ず効果は表れるはず。だが、知らない者にとっては異大陸語のような呪文。訳の分からない、意味不明な言葉の連続。それを完璧に記憶し、繰り返すことが果たして可能だろうか。エミリオの恐ろしくひいでた頭脳を信じて、あえて危険な賭けに臨む決心をしたが、そのパワーゆえに、万が一にでも呪文を言い誤ったならば・・・。


「なん・・・だって。」


 自身の霊能力がどうであるかは別として、エミリオにも、今までカイルに付き添って呪術の戦いをつぶさに見てきただけに、その世界を何一つ知らない者に神精術というものを行わせることの危険性は、直感的に想像がついた。


 ただ、この時のエミリオとカイルの不安は、少し違っていた。呪力の反動を知らないエミリオの方は、精霊たちが上手くいうことを聞いてくれるとは思えず、暴走させてしまうのではないかという心配だけである。


「僕の言うことをそのまま繰り返して ! こいつは僕じゃ手に負えない、エミリオでないと !」


 カイルは精霊使いだが、神精術の知識を持っている。カイルは、祖父であるテオにいっとき神精術の一部を教え込まれていたのである。テオは、カイルの中の神の血に気付いたことから、カイルの霊能力が増すことを予想していたのだが、いつまで経っても精霊使いレベルのままなので、結局は知識だけでこれまで使われることもなかったのだった。


 普段使わないまま月日が経っているため、呪文を言い誤る恐れはカイルの方にもあり、危険性はさらに倍となる。一刻の猶予もならないほどのこの窮地きゅうちに追い込まれるまで、躊躇ちゅうちょし続けるのも無理はなかった。


「しかし私は・・・」


「うあっ!」


 何も知らない。何も分からない。エミリオがそう答えようとした時、リューイの叫びが鋭いやじりとなって背中をつらぬいた。反射的に振り向いたエミリオは、うなりを上げた魔物のひと振りにかかったリューイが、数メートル上の壁まではじき飛ばされて、そのまま真下に落下するのを見た。


「ほかに打つ手はないのか。」

「だから、早く。」


 エミリオは焦燥しょうそうに駆られたが、かつてないほど戸惑っていた。


「ぐああっ!」


 今度はレッドの悲鳴。その体もまた一瞬にして壁まで運ばれ、しかも、そのまま身動きできない威力で貼り付けにされている。


 やるしかない・・!


「繰り返すだけで、いいんだな。」


「でも何があっても集中して。皆がどんな悲鳴を上げようと、あいつをやっつけることだけを考えて、僕の言うことをただ繰り返して。」


 その理由は分からないが、異様に強張った顔のカイルに、そうしなければ何か大変なことになる、呪術を行っている間はほかに気をとられてはならないのだと、エミリオは理解した。


 真剣そのものの固い表情で見つめ返して、エミリオはうなずいた。


 それにうなずき返したカイルは、心許こころもとない記憶の中から神精術の呪文を引っ張り出してきて、慎重に頭中に並べ上げる。


「いい?いっきにいくよ。」

 カイルはそう言うと、深呼吸をして目を閉じた。


 言われて、エミリオもその驚異的な記憶力と集中力を高め、一心に気持ちを落ち着かせた。


 カイルは意識して一言一句いちごんいっくはっきりと発し、エミリオはそれを正確に繰り返す。


 すると、カイルの声に続いて最初の呪文 —— 単語ではなく一文 —— がエミリオの口をついた途端とたんに、魔物に異変が起こった。その巨体から無数に伸びているものが、どれもいきなり同じ動きをみせたかと思うと、たばになってまっしぐらに走り出したのだ。


 無防備にも見えるエミリオとカイルの方へ・・・⁉


 危ない !


 ギルもレッドも、そしてリューイも、声が出せずにただ目をそむけた。


 エミリオは、自身のものとも、ほかから得たものとも分からない、途方もない力が体内を駆けめぐって、全身からほとばしり出るのを感じた。


 それは二つ目の呪文を口にした、直後のことだ。


 足元を起点にサッと広がった青白い光が、同時に強風を吹き上げたのである。そして気づけば、エミリオは、あたかも断崖だんがいに打ち寄せる高波たかなみに囲まれていた。光る風の高波。


 思わず顔を背けたギルが恐る恐る薄目うすめを開けると、周囲にボタボタと何か物体が降ってきた。魔物が吐き出していた縄 ―― のようなもの ―― の残骸ざんがい? 無残に切り刻まれている。ギルはハッとして目を向け直した。波のような青白い光が、エミリオとカイルを取り巻いているようだ。あの青白い光に触れたせいかと、ギルは推測した。とにかく、よかった。二人はあれに守られたのだと理解した。


 その時、ギルは不意に解放されて、大理石の床に崩れ落ちた。近くで床を打ち付ける音が聞こえた。顔を上げてみれば、切断されたロープ状の何かが頭上でめちゃくちゃに動き回っている。魔物がもがいているようだ。だが今はそれまで確認できる余裕はなかった。まだ危険のただ中にいるのである。早く避難しないと。しかし長い圧迫感に耐え続けた体の自由はすぐにはきかず、胸に手を当てたギルはせきこみながら無理に体を動かした。上手く歩くことができない。よろめき、倒れそうになって、何度も手やひざをついた。


「しっかり。」

 そこへ駆けつけたリューイが急いで肩を貸し、ギルを助け起こした。


「お前は大丈夫か。」と、ギルはきいた。ききながらレッドを探した。


「ああ・・・レッドも。」とリューイは答えて、一瞬、首を動かした。


 見ると、こちらの様子を気にしているレッドがうなずいて、身振りで伝えてきたのが分かった。青白い光の向こう側を、エミリオたちの背後を示したのだ。それからレッドは、すぐにその場を離れた。ギルとリューイもあとに続いた。








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