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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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犠牲



 その一方、ギルはやっとのこと逆さ吊りでいるレッドの頭の下までくると、剣の切っ先を上へ向けて構えた。


 こいつを手放すしかないか・・・。


 魔物がすばしっこく逃げ回るリューイに躍起やっきになっているおかげで、どうにか救出のチャンスを得たものの、それが体中から出しているものが目の前で入り組んでいるため、手が届く範囲では、どれがレッドの足を縛っているものに繋がっているのかが分からない。思いついた案を実行するには、自身を犠牲にしなければならなかった。


「頭を守れ、レッド。上手く落ちろよ。」

 ギルは慎重に狙いを定める。


「何する気だ!」

 ハッとしてレッドが怒鳴る。


「心配するな、俺を信じろ。」


「そんなことを言ってるんじゃない!」


「いいから動くな。」


「バカよせ、それを手放したら・・・!」


 レッドの言葉を聞き流して投げたギルの剣は、やはり見事な命中率で、レッドの片足に巻きついているものをつらぬき、ちぎりきった。


 左腕をとられた。あっと思う間もなく次々と絡みついてくる。武器を失ったギルはさやに手を伸ばしたが、それを外すよりも先に右手首をも引っ張られ、さらに四方から伸びてきたものが肩と胸を縛り上げる。もはや、完全に動きを封じられた。


 レッドは、肩からしたたかに廊下に叩きつけられていた。腕のつけ根を痛め、頭に血が上っていたせいで眩暈めまいに襲われながらも、首を振って視野が定まるとあわててギルを見た。


 その体は、もはや逃れるすべも無くがんじがらめにされている。


「そうなるだろ・・・いっ。」


 肩をつかんで立ち上がったレッドは、取り上げられた自分の剣を探した。簡単に見つけることができた。すぐ状況に意識を向け直すと、うめき声が聞こえる。このあいだもギルの胴体はじりじりと締め上げられているようだ。


 ギルの投げつけた剣は、天井を飾る華やかな金属の隙間すきまはまっていた。かなりの高さがあり、超人的跳躍(ちょうやく)力のリューイでも、とうてい引き抜くことはできない。だが頭が途方とほうに暮れる前に、夢中になっている体の方がとんでもないことをしていた。このおぞましい怪物が吐き出しているものが、ふと気付いた時には恰好かっこうの踏み台になっていたのである。自分の行動に仰天ぎょうてんしつつも、とにかくリューイは、ギルの大剣を手にすることができた。


 リューイは、ギルのそばでやたらにその剣を振り回した。


 一方、剣を二本とも取り戻したレッドも、どうにも邪魔な障害物に乱打をくれながら駆け寄った。


「よし、先に行けっ。」

 もだえながらギルが言った。


「どこがよしだ、意味が分からん。」

 ギルに背中を向けているレッドが、あきれて言い返した。


「分かるだろ、あれに勝てると思うか⁉ これは作戦だ。俺はいいから、今のうちに置いて行けって意味だ。」


却下きゃっかする。」


「そんなこと、できるかよ。」


 レッドもリューイも、肩越しに一瞬だけギルを見た。レッドの目つきは怒っているし、リューイはうろたえているのが見て取れる。


「気使い合ってる場合か。こいつには俺のこの体をくれてやる。一人でも足りないくらいなんだぞ。今のうちに早くほかの道を当たれ!」


 懸命に言い聞かせようとするその言葉もむなしく、二人の奮闘するさまは激しさを増すばかりだ。魔物は吐き出したロープのようなものを豪快にうねらせ、そんな二人をも捕まえようとたけり狂っている。見ているだけの立場というのは苛立いらだたしい。ギルは腹の底からしかりつけて言うことをきかせたかったが、もう息をするのも難しく、本当なら何かを話せる状態ではないのである。


 そんな中、エミリオは、この状況をただ無為むい傍観ぼうかんしているわけではなかった。カイルの呪術が効かない理由も察していた。だから魔物をひるませなければいけないと気付き、カイルをかばいながらも、本体を攻撃できる場所まで抜けられる方法を探っていたのである。だがそう悩んでいる間にも、ギルは絞め殺されてしまうだろう。


 やむやく、エミリオは一旦カイルのそばを離れた。


 ギルは視界の片隅かたすみに、華麗に大剣を振るう男の姿を目に留めた。


「お前まで何してるんだ、エミリオ!早く、この聞きわけのない馬鹿どもを連れて行け!」


 エミリオは、聞きわけのないその二人を見もせずに、「私でも聞いてもらえそうにない。」と、返した。


「ええい、どいつもこいつも。そんなに仲良く食われたいかっ。」


 ギルはもう、それ以上何も口にすることができなくなってしまった。呼吸はどんどん苦しくなっていく。


 その頃、カイルは依然いぜんとして力の限り使役できる精霊を求めていたが、みなぎる力を得ることは一向にできそうになかった。何度呼びかけても、手応てごたえは返ってはこない。その気配どころか、きざしさえも感じられない。無力で未熟・・・という思いが、あせる気持ちにますます拍車をかけ、同時に落胆らくたんさせた。


 ただ・・・カイルは、役立たずで弱気になり始める自身とも闘いながらも、実は頭の片隅に〝 最後の手段 〟という、思い詰めた言葉を長く居座らせていた。


 最後の手段・・・つまり、切り札。


 なかなか実行に移さなかったのは、実際にそれが、それこそ下手をすれば死を招く、かなりの危険をともなうからだ。だが、何度も何度も躊躇ちゅうちょし考えあぐねたあげく、ついに、ほかにすべはないと決断した。


 これしか・・・方法は・・・ええい、ままよ!








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