巨大蜘蛛
やがて、単一の階段が踊り場で折れて二つに分かれる、大階段室に出た。華やかな天井画により、さらにその壮麗さを演出している。
ここでカイルは立ち止まり、エミリオを見た。
「分かる?」
「はっきりとは・・・。」と、エミリオは首を振った。
これ以上は場所を特定できなくなったのである。なにしろ、その強烈な負の感情と冥界の力は、この宮殿じゅうから感じられるのだから。
「王の部屋じゃないか? なんとなく。」
レッドが言った。
「じゃあ、とりあえずそこから当たってみるか。なら上だな。」と、ギル。
リューイは早速、大階段の一段目に足をかけた。
そうして上の階へとあがっていくうちに、リューイはまた異様な不快感に襲われた。霊能力などを持たない自分にも感じられる気配。何度覚えても慣れることのない恐怖。地下ではそれは突如としてやってきたが、今度のものは迫り来る恐怖だ。あるいは、こちらから近付いているような・・・。強気でいようとしても腰は萎え、全身が汗ばむのを感じていた。胸の鼓動がおかしくなっていく。経験してきたばかりであるだけに、思い返すとゾッとする。
思わずリューイはチラッと仲間たちを振り返ったが、情けのない顔をしたのが自分でも分かった。
そんなリューイに、ギルは苦笑いを返した。
「俺もだよ、リューイ。皆そうだ。」
エミリオも苦笑して、うなずいた。
「言っとくけど、僕だってこんなのは初めてだからねっ。」
「俺だって、おっかねえよ。」
そしてカイルもレッドも、同じように額に汗を滲ませている。
自分だけではないと分かり、心強い仲間がついていることを再確認して、リューイはいくらかホッとした。顔の冷や汗を拭い、毅然と前を向く。
彼らは心の中で自身を叱咤激励しながら、途中から左右に分かれるその大階段を右へ向かった。血に飢えた攻撃のもとで勇敢に戦い、立派に使いこなしてきたそれぞれの武器を、ぎゅっと握り締める。そうすることで不思議と冷静になれるような気がした。
階段を上りきって角を曲がろうとした時、常に仲間をしたがえていたリューイが、声も出さずにいきなり後ろへ飛び退いた。その体が、あとに続いていたエミリオとギルにぶつかりそうになる。
だがその前に、リューイの体をもの凄い力で引っ張るものがあった。
茶色くて細長い無数の・・・縄⁉
ほかの者たちは驚いて反射的に大きく身を引き、何が起こったのかを理解して目をみはった。
あっという間に腰を縛られたリューイも逃れようと咄嗟に鉄棒を振るったが、そのしなる強靭なロープ状の何かに、やすやすと弾き飛ばされてしまった。真正面から伸びてきたものには、武器を失って虚しく空いた両手首を縛められた。
いきなりそれらを仕掛けてきたのは、今目の前にいる、まさしく魔物なるものに違いないおぞましい生き物。それは一言で言えば巨大蜘蛛のような外見で、長いロープのような何かを口から吐き出し、苔むした丸い胴体から数本の足が生えていたが、例えられる蜘蛛が気の毒なほど、やはり醜く奇怪な生物だ。実際には、吐き出されている濁った茶色のものは、やはり蜘蛛の糸というより縄といった太さで、粘り気もなく、鞭のようにしなやかで頑丈なもの。驚いたことには、それらが口からだけでなく、胴体からも伸びてくることだった。それが手のように自在に動く。そしてリューイの体を縛りつけたのだ。足はと言うと、口のそばにある二本だけが、餌を待ちきれずにくねくねと動いているだけだった。のろい動きでぱくぱくと開閉している口には、小さな鋸歯が並んでいる。
シャナイアがこの場にいたならば、正視に耐えないものだったろう。
「何あれ⁉」
カイルがわめいた。
「お前が一番詳しいだろ!」
レッドが怒鳴った。
「何言ってんだ、あれはっ・・・」気が動転するままにギルが言った。「蜘蛛のお化けだ!」
エミリオ、ギル、レッドの三人は、一斉に剣を構えた。
「けどあれ、糸じゃないよ ! まるでロープだっ。」
カイルがまたわめいた。
「ちくしょう、反則だろ。どう攻めればいいんだ。」と、レッド。
「俺の大剣は、怪物を退治するために作られたんじゃないぞ。」
文句を言いながらも、ギルは勢いよく駆け出した。リューイが今にも餌食にされかかっているのである。つべこべ言っている場合ではなかった。
レッドもすぐさま続いた。が、二人共あえなく行く手を塞がれてしまい、すんなりと進むことができない。




