表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
204/587

ラグナザウロンの銀の矢



 また反対側の岸では、どうにか五体満足でたどり着くことができたリューイの姿に、ギルとレッドが思わず拍手を送りながら大きな安堵あんど吐息といきをついていた。


 その頃リューイの方では、来たはいいが帰りはどうしようものかと、今来たところを恐る恐る振り返った。見事なまでに倒れていったおかげで、残してきたものまで次々と巻き込まれ、極端に足場が少なくなっているのでは・・・と恐れたからだ。


 ところが・・・振り向いた途端に、リューイはポカンと口を開けた。


 なんと残った足場はほぼ真っ直ぐに並んで、どうぞここをお通りくださいと言わんばかりに、二つの岸をつないでいるではないか。どうやら、全部が全部不安定というわけではなかったらしく、たまたまリューイはハズレばかりを選んでしまったようだ。


「ひょっとして・・・これを真っ直ぐに来れば、もっと楽にやって来られたんじゃないのか。」


「・・・のようだな。」と、レッド。


「おい、これも全部ダメだったら、俺はどうすりゃいいんだ。」


「行った時みたいにして、戻ってくればいいだろう。」


「大丈夫だ、お前は運がいい。」ギルも淡々とそう声をかけた。「たいした野性の勘だがな・・・。」


 友人たちの少しも気休めにならない言葉に、ゆるゆると首を振りながら背中を向けたリューイは、目的のものを探しにかかった。


 その目が真っ先にいったのは、人ひとりが収まりきれるほどのひつぎ。それこそは、ネメレの遺体を収めたという例の棺桶かんおけに違いない。


 とりあえず中を確認しようと思い、リューイは初め迂闊うかつに手をかけたが、突然(ひらめ)いたように恐怖が走り抜けて、躊躇ちゅうちょした。


 しばらくして、何が飛び出すかと恐れながらも、思いきっていっきにふたを開けると同時に、リューイは大きく飛び退いて構えた。


 だが何も起こらないので、びくびくしながら慎重ににじり寄り、中をのぞいてみる。


 何も入ってはいなかった。


「さっきの落とし穴にかかってたヤツの仲間が、きっとこいつを開けちまって、封印ってのが解かれたんだな。中は空っぽか・・・。」


 リューイは周りを見回した。そばには、ほかにもいくつも箱があった。棺桶かんおけ以外のそれらはどれも似たような形と大きさで、ずっと小さい。そして、そのどれもにじょうがかけられてある。まさかこの中・・・? と予感して、リューイはそれに手を伸ばし、ガチャガチャといじってみた。


「開けられねえし・・・。」


 リューイはため息をついた。いやよく見ると、一つだけかぎが外れている箱がある。蓋を開けてみれば、中は伝説通りの金銀財宝 ―― リューイには価値がまったく分からないもの ―― で埋まっていた。銀の矢は見当たらない。


「ええー・・・。」と不平をこぼしながら、リューイは面倒くさそうに中の宝石やら金貨を豪快に外へすくい出し、腕をつっこんでかき回してみた。


 無いものは、無い。


 リューイはそこで、ふと気づいたというように地面を見下ろした。そのまま目をらして辺りを見ると、色が違っているところがある。それは・・・血痕けっこん。血がかわいてみこんでいるようなそれは、この場で惨殺が行われた痕跡こんせきにも見受けられる。被害者は・・・。


 立ち上がったリューイは、視線を上げて、もう一つ気になったものに注目した。ちょうど腰の高さまである台座にえ置かれた、石像に。


 リューイの目には、それは何か奇妙に映った。長い髪の美しい容姿と、おだやかな表情の若い女性像だ。このような不気味で恐ろしい洞窟にはふさわしくない外見。親し気な笑みを浮かべて、こちらを見ている。


 その足元にも、二つの銀の器に金貨が盛られてあったが、リューイは何よりも、その女性像が手にしている器の中の、金貨の上に横たわっている一本の矢に目を留めた。それはほこりもついておらず、はずからやじりまで綺麗な銀一色に染まっている。


「あった。なんでこんなところに・・・。」


 リューイは、台座の空いているスペースにひょいと飛び乗ると、さっさと用事を済ませて帰ろうと、今度は何のためらいもなく手を伸ばした・・・が、その瞬間、また不吉なものが胸中をよぎった。


 手元を見るより先に、あわてて首を横へ ―― !


「うっ・・・⁉」


 遅かった。ほんの少しでも矢を動かしたせいで第三の罠が発動し、石像の口中から鋭い何かが刹那せつなに飛び出したのだ。


 その凶器はリューイの左頬ひだりほおをかすめて、そのまま大きくを描きながら飛び去っていった。


 体勢を崩したリューイは、背中から転がり落ちた。血が頬を伝うのが感触で分かる。リューイはむしょうに腹が立って、傷口から流れた血を無造作むぞうさぬぐいながら、その女性像をにらみつけた。


「おい、今何か飛んでいったぞ ! 大丈夫か !」と、対岸からレッドの声。


「大丈夫じゃねえっ。」


「よし、大丈夫。」

 ギルはほっとしてうなずいた。ひとまず元気でいるようだ。


 銀の矢を手に入れたリューイは、そこから逃げるようにして、二人が待っている対岸へ戻り始めた。いざという時にはそれを口にくわえるという事も考えていたが、やはり残ったところが正解の通り道だったらしく、軽快に次から次へと足場をって、仲間のもとへと何の苦もなく帰ることができた。


 リューイを迎えた二人は、驚いたように眉根まゆねを寄せた。左目の下につけられた一筋ひとすじの傷は思った以上に痛々しく見える。


「何にやられたんだ。」

 レッドがきいた。


「くそ・・・あの女。」


「あ?」


 リューイはまた手の甲で血をぬぐった。

「早く戻ろう。」


 そうだったと、ギルも背中を返しながらこう言った。

「よし、じゃあ急ぐぞ。向こうも心配だ。」








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ