表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
203/587

命がけのアスレチック



 互いに何か言いたそうな視線を交わし合う。


 その意を察して、ギルが・・・。

「ようし、逃げるぞお・・・死にたくなかったら走れ!」


「あっちの方がずっと早いよ!」と、カイル。


 リューイは鉄棒を豪快に振り回しながら、行く手に現れる魔物を手当たり次第にたたき飛ばし、血路を開いていった。どこにどんな罠が用意されてあろうと、今は運を天に任せるのみだ。


 ところが、行く手にうごめいている黒い影は、またしても魔物の集団。床や天井にまでコウモリのようにへばりつき、獲物がそこを通るのを今か今かと待ち構えている。


 リューイは舌打ちした。

「くそ、はさまれた。」


 彼らは、ただ闇雲に突っ走っていたわけではなかった。必死に逃げながらも、カイルが後ろからきちんと道の指示は出していたのである。


 限界まで我慢していたカイルの両手はうずいた。銀の矢は、もう目の前だというのに・・・。


「・・・やってやる。」


 鋭いつぶやきが聞こえて目を向けると、カイルが腰を落として立膝たてひざをついた。仲間たちは理解して再び戦う覚悟を決めた。一斉に武器を構えて素早く護衛につく。


 左手でペンダント ―― 闇の神の精霊石 ―― を握りしめたカイルは、呪文を唱えながら右手を動かし、闇の精霊を召喚しょうかんしていた。カイルにとって最も使いやすく従順な精霊は、やはり闇であるから。


 前から後ろから魔物の群れが一斉に押し寄せてきた。体長一メートルほどの黒い影が視界を飛び回り、頭痛がするような金切り声が反響している。武器を持つ男たちは油断なく身構えた。極限まで鋭敏えいびんでいられるよう、冷静に。でなければ、刹那せつなにでも恐怖がよぎれば、とても対処できない。


 あと、数メートル ―― !


 カイルがすみやかに、力強い動きで両腕をサッとぎ払った。右手は前へ、左手は後ろへ向けられている。


 連続で鈍い衝突しょうとつ音がした。身をおどらせた魔物が次々と壁にぶつかり、床に叩きつけられる音。


 その黒い壁は突然、前後の通路にできていた。にわかに立ちはだかった黒い微粒子びりゅうしの壁だ。その向こうはうっすらと見ることができた。そこにいる全ての魔物が身動きとれずに身もだえているように見える。しかも、何かチラチラと銀色に輝くものたちにまとわりつかれ、拘束こうそくされているようだ。


 砂漠で見た、あれか・・・と、レッドは思い出した。それは突如とつじょ現れた、精霊で築かれた防御壁ぼうぎょへきだった。 ※


「通り抜けられるよ。」と、カイルが言った。「その壁の向こうへ・・・僕が奴らの動きを封じてるうちに銀の矢を・・・この道を真っ直ぐに出たところに・・・。」


 意識をしたがえている精霊たちに向けているまま、カイルは押し出したような声でそう指示した。ほかに気をとられてしまったら、たちまち支配が利かなくなる。


「私がカイルに付こう。」

 エミリオはそう言うと、カイルのやや斜め後ろにひかえた。


 ほかの三人は素直に同意し、うなずいてみせた。二人のことが気にはなるが、また、俺が残るとか、いやいや俺だ、馬鹿抜かせ俺だと言ってもめている場合ではない。早くしなければ、カイルの体力を無駄に消耗させてしまうことになる。もし術が解かれてしまえば、例えエミリオであっても、一人ではどうにもできないだろう。


 ギル、レッド、そしてリューイは、床や天井に押さえつけられている魔物の群れの中を、恐る恐る通り抜けた。足元からくやしそうな甲高かんだかい声が聞こえてくる。


 この道を真っ直ぐに出たところ・・・少し明るくなっているそこは、一見、出口のようにも見えた。その下をくぐってみると、洞窟どうくつの地下でありながらそこには広い空間が存在し、頭上から自然の光がおりてきていた。ギルやレッドは、おかげでたちまち視界一杯に現れた光景に、絶望的な気持ちで唖然あぜんと立ち尽くした。


 そこにあったのは〝ラグナザウロンの銀の矢〟などではなく、命がけのアスレチックだったのである。


 この光景を何かに例えるならば、それは〝断崖絶壁の峡谷きょうこく〟。要するに、長いへだたりをおいて対岸があり、その間にけられる橋の代わりに、いくつもの切り立つ狭い足場あしばが、点々と向こう岸まで続いているのである。それを渡って行くしかないのだろうが、谷底に視線を落としてみると、下は真っ暗で底無しに見えた。


 これを飛び跳ねながら行けというのか・・・。銀の矢は向こう岸に違いないが、もし誤って足を踏み外したなら、この身はいったいどこへ行き着くのだろう。


 ギルとレッドは、足をすくませたままその場にたたずんだ。


「どうやって造ったんだろうな、まったく・・・。」

 ひどく力無い声で、ギルはそう呆れたため息をついた。


 一方リューイは、ひとり顔色を変えることなく、まず下を覗いて、そして対岸に目をやり、点在している足場を見渡してから二人を振り返ると、屈託くったく無くほほ笑んだ。


「こういうのは、俺の役目だな。」


 平然とそう口にしたリューイは、なんと二人が止める間もなく軽やかにジャンプして、真っ先に目をつけた一つに飛び移ったのである。


 ところが、瞬間、ハッとした。


 最初に選んだそれは、足をついた途端とたんに一度ガクンと落ちたかと思うと、そのまま大きくかたむいて急速にたおれだしたのだ !


「うあっ ⁉」


「リューイッ!」


 ギルとレッドが同時に叫んだ。


 不自然な体勢のまま、リューイはあわてて次の足場へ ―― !


 ところが、胸を撫で下ろす間もなく、それもまた足を置けばグラリと傾いていく !


「なんだよこれ、うわっ!」


 俊敏しゅんびんに体勢を立て直したリューイは、全身を使って、不安定な足元を思いきりりだした。


 しかし、それからもリューイのはなわざ ―― もはや芸当 ―― は続き、その末に、やっとの思いで安定した広い地面に降り立つことができた。


 リューイは胸をおさえた。心臓がばくばくいっていた。目的地にたどり着くまでのあいだ、見事にそれらの繰り返しだったのである。なんたることか、足を置いた着地地点は、ことごとく深い闇の中へと葬られていったのだった。





※ 参照  : 『アルタクティス1 邂逅編』 ― 「第3章 精霊石」5.戦闘術









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ