命がけのアスレチック
互いに何か言いたそうな視線を交わし合う。
その意を察して、ギルが・・・。
「ようし、逃げるぞお・・・死にたくなかったら走れ!」
「あっちの方がずっと早いよ!」と、カイル。
リューイは鉄棒を豪快に振り回しながら、行く手に現れる魔物を手当たり次第にたたき飛ばし、血路を開いていった。どこにどんな罠が用意されてあろうと、今は運を天に任せるのみだ。
ところが、行く手に蠢めいている黒い影は、またしても魔物の集団。床や天井にまでコウモリのようにへばりつき、獲物がそこを通るのを今か今かと待ち構えている。
リューイは舌打ちした。
「くそ、挟まれた。」
彼らは、ただ闇雲に突っ走っていたわけではなかった。必死に逃げながらも、カイルが後ろからきちんと道の指示は出していたのである。
限界まで我慢していたカイルの両手はうずいた。銀の矢は、もう目の前だというのに・・・。
「・・・やってやる。」
鋭い呟きが聞こえて目を向けると、カイルが腰を落として立膝をついた。仲間たちは理解して再び戦う覚悟を決めた。一斉に武器を構えて素早く護衛につく。
左手でペンダント ―― 闇の神の精霊石 ―― を握りしめたカイルは、呪文を唱えながら右手を動かし、闇の精霊を召喚していた。カイルにとって最も使いやすく従順な精霊は、やはり闇であるから。
前から後ろから魔物の群れが一斉に押し寄せてきた。体長一メートルほどの黒い影が視界を飛び回り、頭痛がするような金切り声が反響している。武器を持つ男たちは油断なく身構えた。極限まで鋭敏でいられるよう、冷静に。でなければ、刹那にでも恐怖がよぎれば、とても対処できない。
あと、数メートル ―― !
カイルが速やかに、力強い動きで両腕をサッと薙ぎ払った。右手は前へ、左手は後ろへ向けられている。
連続で鈍い衝突音がした。身を躍らせた魔物が次々と壁にぶつかり、床に叩きつけられる音。
その黒い壁は突然、前後の通路にできていた。にわかに立ちはだかった黒い微粒子の壁だ。その向こうはうっすらと見ることができた。そこにいる全ての魔物が身動きとれずに身もだえているように見える。しかも、何かチラチラと銀色に輝くものたちにまとわりつかれ、拘束されているようだ。
砂漠で見た、あれか・・・と、レッドは思い出した。それは突如現れた、精霊で築かれた防御壁だった。 ※
「通り抜けられるよ。」と、カイルが言った。「その壁の向こうへ・・・僕が奴らの動きを封じてるうちに銀の矢を・・・この道を真っ直ぐに出たところに・・・。」
意識を従えている精霊たちに向けているまま、カイルは押し出したような声でそう指示した。ほかに気をとられてしまったら、たちまち支配が利かなくなる。
「私がカイルに付こう。」
エミリオはそう言うと、カイルのやや斜め後ろにひかえた。
ほかの三人は素直に同意し、うなずいてみせた。二人のことが気にはなるが、また、俺が残るとか、いやいや俺だ、馬鹿抜かせ俺だと言ってもめている場合ではない。早くしなければ、カイルの体力を無駄に消耗させてしまうことになる。もし術が解かれてしまえば、例えエミリオであっても、一人ではどうにもできないだろう。
ギル、レッド、そしてリューイは、床や天井に押さえつけられている魔物の群れの中を、恐る恐る通り抜けた。足元から悔しそうな甲高い声が聞こえてくる。
この道を真っ直ぐに出たところ・・・少し明るくなっているそこは、一見、出口のようにも見えた。その下をくぐってみると、洞窟の地下でありながらそこには広い空間が存在し、頭上から自然の光がおりてきていた。ギルやレッドは、おかげでたちまち視界一杯に現れた光景に、絶望的な気持ちで唖然と立ち尽くした。
そこにあったのは〝ラグナザウロンの銀の矢〟などではなく、命がけのアスレチックだったのである。
この光景を何かに例えるならば、それは〝断崖絶壁の峡谷〟。要するに、長い隔たりをおいて対岸があり、その間に架けられる橋の代わりに、いくつもの切り立つ狭い足場が、点々と向こう岸まで続いているのである。それを渡って行くしかないのだろうが、谷底に視線を落としてみると、下は真っ暗で底無しに見えた。
これを飛び跳ねながら行けというのか・・・。銀の矢は向こう岸に違いないが、もし誤って足を踏み外したなら、この身はいったいどこへ行き着くのだろう。
ギルとレッドは、足をすくませたままその場に佇んだ。
「どうやって造ったんだろうな、まったく・・・。」
ひどく力無い声で、ギルはそう呆れたため息をついた。
一方リューイは、ひとり顔色を変えることなく、まず下を覗いて、そして対岸に目をやり、点在している足場を見渡してから二人を振り返ると、屈託無くほほ笑んだ。
「こういうのは、俺の役目だな。」
平然とそう口にしたリューイは、なんと二人が止める間もなく軽やかにジャンプして、真っ先に目をつけた一つに飛び移ったのである。
ところが、瞬間、ハッとした。
最初に選んだそれは、足をついた途端に一度ガクンと落ちたかと思うと、そのまま大きく傾いて急速に倒れだしたのだ !
「うあっ ⁉」
「リューイッ!」
ギルとレッドが同時に叫んだ。
不自然な体勢のまま、リューイはあわてて次の足場へ ―― !
ところが、胸を撫で下ろす間もなく、それもまた足を置けばグラリと傾いていく !
「なんだよこれ、うわっ!」
俊敏に体勢を立て直したリューイは、全身を使って、不安定な足元を思いきり蹴りだした。
しかし、それからもリューイの離れ業 ―― もはや芸当 ―― は続き、その末に、やっとの思いで安定した広い地面に降り立つことができた。
リューイは胸をおさえた。心臓がばくばくいっていた。目的地にたどり着くまでのあいだ、見事にそれらの繰り返しだったのである。なんたることか、足を置いた着地地点は、ことごとく深い闇の中へと葬られていったのだった。
※ 参照 : 『アルタクティス1 邂逅編』 ― 「第3章 精霊石」5.戦闘術




