表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
201/587

セイレン王の罠


「あ、そこをこっち、左。」


 どれくらい経っただろうか。かなり歩いたつもりではあるが、ぐるぐると曲がってばかりいるので、それほど先へ進んだようにも思われない。


 壁の隙間すきまから地下水がしたたり落ちてきて、度々肩やほおを濡らした。


 これまで何事もなく過ぎていることが、かえって奇妙に思えた。


「よくもまあ、これだけ完璧な迷路にしてくれたもんだな。あっという間に方向感覚を奪われる。」

 レッドがぼやいた。


「ご苦労なことだ。もっとほかに考えることが幾らでもあっただろうに。こんなものを丹念に作らせているから、時代が続かなくなるんだ。」

 ギルの口調は半ばあわれみ、半ばあきれている。


「当時、こうして地下道を迷路に仕立て、そこに財宝を隠し持っていた王は少なくはないそうだ。」


「それを狙う奴らを、ここへ閉じ込めてやろうって魂胆か。」

エミリオの言葉に、レッドが続けた。


「カイルがいなけりゃ、俺たちもそうなってた。」


 行く手を見ながら言ったリューイのその言葉や、思えばレッドのセリフにも、ギルはふと一抹いちまつの不安を覚えた。


「待てよ、帰りはどうするんだ。自力で戻るほど気長じゃないぞ、俺は。」


 今は、いわば闇の神ラグナザウロンの成り代わりであるカイルに、銀の矢に込められているその何か神秘なる力が反応して呼びいざなってくれているからこそ、進路に関してはこれほど気楽に構えていられるものの、帰りはいったい、誰が我々を導いてくれるというのだろう。


「あ、ほんとだ・・・。」

 急に立ち止まったカイルと、後ろにいたレッドがぶつかった。

「・・・どうしよう?」


「おい、悪い冗談だろ。」

 ひたいに手を当てたレッドは、よく考えもせずに、ついカイルに任せきってしまった自分を呪った。


 リューイが肩越しに振り向いて、「誰も覚えてないのか?」


「覚えられるかっ。」と、レッド。


「覚えている。」


 そこで、事も無げにそう言ってのけたのがほかでもない、エミリオだ。彼は、最初からこうなることを懸念けねんしていた。もっとも、ほかの者では思ってもできない神業かみわざだが。


 ギルやレッド、それにカイルは一様にたまげて大口を開けた。こんなものをいちいち記憶していたら、脳はかえっておかしくなってしまう。しかも戻るとなると、今度はそれを逆にたどらなければならないというのに。


「さすが、抜かりがないな。」

 満悦の笑みで、ギルは隣にいるその驚異的な秀才を見た。


 彼らは再び進み始めた。


 すると、二、三曲がったところでリューイが立ち止まった。そのまま黙って見つめている先には、落とし穴が・・・。だが、ふたのない落とし穴だ。それが行く手の一見で分かる箇所に、二つある。


 ギル、エミリオと、警戒しつつ手前の一つからのぞいてみる。


エミリオは言葉もなく目を伏せ、ギルは息をのんで顔をしかめた。


 そこには、無数の針の山と白骨化したしかばねが二体。離れた場所にあるもう一つには、一体が・・・。


「使い捨てだな。おかげで助かった。」

 続いてそばに来たレッドに、ギルが言った。


 一方の二体の白骨死体は死んでから長い年月が経っていて、しゃれこうべと体の骨だけで、そのおぞましい瞬間をくやししそうに伝えてくるが、もう一つの屍は、それに比べるとまだ新しく見えた。光の精霊たちは、そんな余計なものまでご丁寧に照らしだしてくれた。


「こっちのは・・・あの女の封印を解いた奴らのうちの一人か。」

 レッドが推測した。


「たぶんな。財宝を手にするまでに、いったい何人の犠牲者を出したことやら。もっとも、彼女の封印を解いて無事に帰れたとは思えないが。」

 ギルが答えた。


 カイルはむしろ釘付くぎづけのまま、声も出ない様子で驚いている。


 その隣では、エミリオが眉根を寄せて難しい顔をしていた。


 前途多難・・・。この迷路と、避けられないだろう魔物の襲来に加えて、わなまで。それらを突破できた最後には、本来の敵が待ち構えている。


 エミリオはそっと仲間たちをうかがった。


 これを見てもギルやレッドはさすがに冷静で、リューイにも幸い動揺はみられない。そもそも覚悟を決めて来た彼らには度胸もあり、身体、戦闘能力ともに優れているだけのことはある。だが、カイルは・・・。 


「行けるか・・・。」と、エミリオは隣にいる少年にささやきかけた。


 エミリオの方を向いたカイルは、無言だったが、しっかりとうなずいてみせた。


 よし・・・というように、エミリオはその肩に手を置いた。ほかの仲間もみな互いにうなずき合い、気持ちを切り替えている。


 さあ、この落とし穴の罠を避けて、銀の矢のありかへ。


 だがふと、思慮しりょ深い者たちは示し合わせたように顔を見合わせた。その表情に、エミリオ、ギル、レッドは、同じ嫌な予感を覚えたのだと見てとった。しかし、三人がそのあとハッとしてリューイを見たのと、リューイがそれから何歩も進まないうちに突然、「あっ!」と叫んだのとは同時だった。


 そしてその姿が、あとに続いていた者たちの前から忽然こつぜんと消えてしまった。


「リューイ!」

 レッドが悲鳴を上げた。


 みなショックのあまり息を止めた・・・がよく見ると、リューイがいた場所に、リューイが持っていた鉄棒と、それを握り締めている手だけがあった。その鉄棒は、突然現れた穴の上に引っ掛けられている。


 そして穴の中から聞こえてきたのは、リューイの怒り狂っているわめき声。


「くそっ、誰だっ、こんなふざけたもん作りやがったのはっ!」


「だから、ここの王様だよ、昔の。」と、レッド。


「三つや四つどころじゃないんじゃないか。」

 リューイのどうやら無事でいる様子にほっとしつつ、ギルが言った。


 そうとう驚かされたリューイはぜえぜえのどを鳴らしていたが、すぐに自力でい上がってきて、そこから難なく脱出してみせた。


 何はともあれ、リューイに先頭を任せて正解だったと、この時誰もが思った。










評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ