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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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戦いの夜明け



 空は、どんよりとした厚い雲に覆われていた。おかげで日の出の時がきても、朝にしてはまだ濃い暗がりを残している。吹き抜ける風は、なぜか不気味に生温なまぬるかった。


「ギル、用意はいいかい。」


「準備完了。」


 弓をしっかりと背中に装備したギルは、エミリオの目を見ながら愛用の大剣に手を当ててみせる。


 剣の使い手たちはみな、その手入れをしっかりと済ませている。前回、魔物を相手に素手で苦戦したリューイも、主人に頼んで、武器にできそうな鉄の長い棒を見つけてもらっていた。怪物が相手となれば、素手では大して役には立てない。だが棒術が使えれば、その何倍も働くことができる。


 そしてカイルも、少しも物怖ものおじする様子もなく準備万端整えている。というのは、精霊使いにとって、最も必要なのは体力。カイルはつい先ほどまで眠っていて、誰よりも長く睡眠時間をとった。 


 ミーアをベッドに残してきたシャナイアは、夫人と共に見送ろうとしていた。そうして軒先のきさきたたずんで、不安な気持ちをおさえるのに必死になっていた。


 小舟を出してくれる主人は、湖まで見送りに行くことになっている。しかしながら、彼らが立ち入り禁止区域にあえておもむくそのわけを聞いていたので、そうすることに非常に抵抗を感じていた。おととい聞いたその話は、普通なら非現実的なものだが、この呪われた町においては信じられないことではなかった。


「恐れて・・・誰も疑問に思ったり、詳しく調べようという者はいませんでした。」


 主人は苦い表情で、エミリオにそう話しかけてきた。


「一年前のあの日から、この町の者はみな、生きた心地がしないまま暮らしてきました。ただあきらめて、耐えるしかないと・・・。あなた方の勇気には、本当に頭が下がる思いです。ですが、やはり・・・」


「この町は好きですか。」と、エミリオは微笑した。


 主人は答えられずに、ため息をついただけだった。


「これほど立派で美しい町は、そうはない。だが私には、助けて欲しいとひどおびえている声が聞こえてくるようです。町の人々のではなく、この城郭じょうかく都市の。今日、救ってあげられるかもしれません。ただそれだけを祈っていてください。」


 彼のいさぎよい声と表情に思わず魅了されていた主人だったが、不意に呼びかけられて我に返った。


 そばにいたのは、いつも赤い布をひたいに結んでいる青年だ。


「ご主人、この家に剣は?」


 レッドは、ふと思ってきいてみた。居間に長弓ロングボウが飾られていたことから、ほかの武器の用意もあるかもしれないと。


「はあ、軽量タイプの細い長剣でしたら。」と、主人。


 レッドは、ほっと吐息をついた。

「ありがたい。それなら申し分ない。」 


 そしてレッドは、やがて主人が持ち出してきた剣を、そのままシャナイアに手渡した。


 女戦士の多くは、鋭さを持ち味とする細くて軽い剣を選ぶ。シャナイアも例外ではなく、幸いその細剣さいけんは、シャナイアが愛用していたものと同じタイプだ。


「シャナイア、斬れるものなら斬ってくれ。ミーアを頼む。」


 そう懇願こんがんしながら、レッドはすがるような瞳で見つめた。何か・・・嫌な予感がしてならなかった。


「任せて。」


 正直なところ、シャナイアははっきりとそう請け合える心境ではなかったが、今は堂々とうなずいてみせた。本当なら、自分がそばにいてやりたいはず。そんなレッドの前で、頼りない顔はできなかった。


 受け取った剣をさやから引き抜いたシャナイアは、軽く白刃を閃かせて、その感じに満足したという笑みを返した。


「キース、ちゃんと皆のそばに付いててやるんだぞ。」


 そう言い聞かせながら、リューイはキースの頭をでていた。身を案じるかのように、留守番のキースはしきりに体をすり寄せてくるのである。


 エミリオは仲間あるいは戦友一人一人を見た。その誰もが凛々《りり》しい表情と、勇ましい態度でしっかりと目を合わせてきた。


 エミリオはうなずいて、言った。

「行こうか。」


 そして彼らが背中を向けかけた時。


 シャナイアの脳裏に、リサの村での死闘がバッと浮かんだ。思わず駆け出しそうになって、踏みとどまる。何か言葉をかけたかったが、頭の中でまとまらない。


 そんなシャナイアと目が合ったのは、ギルだった。その隠しきれない、弱気な表情から心境が伝わってくる。残される不安と、送りだす心配が胸の中でうずまいているだろう。


 ギルは事もなげに笑ってみせた。

「じゃあ、夕飯までには帰るから。」


 さとられたと分かって、シャナイアはあわてて気を引きしめ、調子を合わせようとした。が、やはり口元くちもとに笑みを浮かべてみせるだけが、やっと・・・。


 ギルがエミリオにうなずきかけ、二人は同時に背中を返した。


 続いて次々と。


 シャナイアは胸の前で両手を握りしめた。そうして間もなく歩き出した彼らを黙って見送った。









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