表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
196/587

リトレア湖の廃屋



 ギルは笑顔でそう言うと、修理に使えそうな道具を探すため、物置はどこかと尋ねた。


 一方、エミリオは内心、修理を手伝いたい思いだったが、老婆は話し相手ができてよほど嬉しいらしい。口調は相変わらずおっとりしているものも、話す猶予を与えず、よく喋るのである。彼女の相手をしてやらなければならない。


 聞くところによると孤立無援というわけではなく、何日かに一度は、知り合いの婦人が代わる代わる世話をしに来てくれるという。昔は来客も多くいたが、次第に便利さを求めてほかへ移住してしまったので、この辺りからめっきり人が減ってしまったのだということだった。今では、その婦人たち以外とは滅多に顔を会わせることはなく、旧友の顔も忘れそうになるほどだと言って、老婆は悲しそうに苦笑した。


 すぐ頭上で、ミシミシと屋根がきしんでいた。それをエミリオが気にしていると、心配していた通りに、突然バキッという破壊音はかいおんが。


 驚いたエミリオが反射的に目を向けてみれば、屋根から足が生えている。


「修理をしに登ったのではなかったのか。」

 どうやら無事らしいその様子に、エミリオはほっとして笑った。


「・・・の、つもりだったんだが。」

 そう答えながら、ギルは突き出した足を引っ込める。


 余計に家を壊されてしまったというのに、ギルが穴から申し訳なさそうな顔を覗かせると、老婆も愉快そうに小石がこすれ合うような笑い声を上げた。 


 エミリオは本来の目的を忘れていたわけではなかったが、なかなかその話をきり出そうとはしなかった。孫の代わりが務まるとは思わなかったが、もう少し、ここにこうして一緒にいてやりたかったのである。そこでエミリオは、ひとまずギルが修理を終えるまで待つことにしたのだった。


「このニルスの町は、古代から有名な商業都市じゃった。腕のいい服飾職人に、料理人、工芸家。画家に鍛冶かじ職人に大工だいく、建築家。城に持ち込まれるものは全て、その道の名人が手掛けたものじゃった。おかげで城には、質のよいものばかりがそろえられた。その技術は今も受け継がれておる。この町の住人の多くは、その子孫じゃからの。」


 そのあともエミリオは、いつまでも終わりそうにない、そんな白亜はくあの町の歴史話でもてなしを受けた。その中に、偶然にもリトレア湖の小島にある例の廃屋はいおくの話が出たので、結局のところ、わざわざ問うまでもなく用事を済ませることができた。


 それによると、例の廃屋は間違いなく、古い時代に建てられた王家の離宮。当時の君主であるセイレン王の要望に応え、建築に関わるそれぞれのプロが、意匠いしょうを凝らして造ったものだそう。さらには、財宝の隠し場所として、小島の地下には洞窟どうくつから入ることのできる通路も造られた。その財宝は今もなお眠り続けているという。


 カラスが三度鳴いて、老婆がふと気付いたというように話を終えた。それから、夕食をご馳走すると言って、使い古した台所へよろよろと入って行った。


 身を乗り出して、エミリオはその姿を見守った。


 屋根を修理し終えたあと、庭の手入れまで自己流に仕上げたギルは、出来栄できばえにまあ満足して、ようやく家の中へ戻った。こういう仕事は生まれて初めて体験したが、地道な作業に没頭し、汗水垂らして働いたあとの充実感は清々《すがすが》しく、気持ちがよかった。


 あごの汗をさかんに拭いながらやってきたギルは、エミリオと同じソファに腰を下ろしたが、ぐったりと背凭れに倒れかかったその疲れようは、エミリオが思わず笑みを零してしまうほど。


 そんな疲労困憊のギルにねぎらいの言葉をかけながら、老婆は出来上がった夕食を運んできてくれた。だがトレーを両手で持つ様子が危なっかしい。気づいたエミリオは、さりげなく動いて手を貸した。


 メニューは、カボチャのポタージュと、スライスオニオンやハムなど数種類の具材をのせたオープンサンド。いちおう、珍しい客人に対する精一杯のおもてなしである。


 粗末なりランプにはすでに明かりが灯され、外はすっかり夜の色に染まっていた。


 やがて食事を終えた二人は、エミリオがギルに用件は済んだと話していたこともあり、不自然だが、このまま礼だけを述べて帰ろうとした。


 すると、その矢先。


「ところで、何か用があったんじゃないのかね。」と、老婆の方からきいてきたのである。


「ああ、それは、先ほどのお話の中で偶然 解決したので。リトレア湖にある廃屋について知りたかっただけなんです。では、私たちはそろそろ・・・。」


 そう答えながらエミリオは腰を上げ、ギルも同時に立ち上がった。


「あの呪われた離宮についてかい。」


 老婆のその一言に、エミリオとギルの表情が変わる。


「呪われた・・・?」

 ギルがきき返した。


「ひと昔もふた昔も前の噂だけどね。もう何百年も前から立ち入り禁止になっている禁断の場所だよ。ただ、今ではその理由を知る者は少ない。子供に語って聞かせるには、むごすぎる物語だからね。」


 目を見合ったエミリオとギルは、サッと着席。


 そして、こう声をそろえた。

「どのようなお話で?」









評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ