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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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古民家の老婆



 エミリオとギルは、朝食を済ませると早速、主人に王家の離宮というのを知っているかたずねてみた。


 すると、それらしいもので心当たりがあるのは、リトレア湖に浮かぶ小島に建っている廃屋はいおくだけだという。


 だが、この町で最も長寿ということで有名な物知りの老婆が、それが確かなものかどうかを知っているかもしれないと言って、その老婆の住まいまでの道のりを詳しく教えてくれた。


 二人はそれに従って、ずいぶん離れた片田舎かたいなかまで足を運んだ。だだっ広い閑静かんせいな畑の一本道をそう急ぎもしないで、何の変哲もない景色に、何となく目をやりながら歩いていた。陽の没するところに連なる青い山脈が、彼方かなたまで見渡せる。民家など、全くと言ってもいいほど見受けられない。


 なかなか現れないそれらしい家に、かすかに不安を覚えだした頃、二人はようやく、主人から聞いていた通りの、こじんまりとした家を目に留めた。こけら板屋根にアーチの門を構えた平屋で、カラスのからまる木々に見下ろされて、それはあった。何年前のそれを教えられたのか、アーチの門には何かの植物のつるが絡みながら無数に這い上がり、小さな庭の草木は伸びたい放題に繁茂はんもして、おまけにこけらきの屋根は、小さな振動でも崩れ落ちてしまいそうだ。その荒廃しきった状態に人気を感じられず、二人は疑わしそうに顔を見合わせた。


 だが、とにかく確かめてみないことには・・・と、植物が邪魔をする門をくぐり抜け、玄関へ向かった。それから玄関ドアをノックして、例の老婆が出てきてくれるかと反応をうかがう・・・が、いくら待っても何の物音もしない。


「人が住んでいるのか?」と、ギル。


「でも・・・手紙が来ている。」


 そのことに先に気付いたエミリオだけでなく、それを見るなり、二人はたちまち痛切な気持ちに駆られた。玄関の横にある、くたびれた郵便ポストの隙間すきまからのぞいているのは、青色の封筒だ。


 青い手紙・・・といえば、〝死の知らせ〟である。軍人や傭兵ようへいを問わず、身寄りのある戦士が、戦いで亡くなったことを知らせるための手紙だ。だから、普通の手紙を青い封筒で送りつけてくる者など、よほどの無神経か、恐ろしく無知か、悪質な悪戯いたずらのどれかということになる。


 傭兵は、どこの国でも自由に働くことができるという暗黙の了解があるものの、家族など身寄りのある者が希望した場合に限り、故郷や住所を明かして、報酬ほうしゅうの受け取り人を別の者とすることができた。


 ギルは、郵便ポストの裾から、その手紙を引っ張り出してあらためてみた。すると、それはガザンベルク帝国の軍事機関からのもので、やはり軍の封蝋ふうろうでしっかりと閉じられている。


「ガザンベルクからということは、この人は傭兵だったんだろうね。」

 エミリオが悲しげに言った。


「だが見てみろよ。日付が半年も前なのに・・・ポストにはこの一通だけ。どういうことだ。」


 二人は首をひねった。だが、この半年間、この一通しか手紙や知らせが来なかったと考えるよりは、あまりのショックに現実逃避しているのではと思われた。


「例え戦死したとしても、その報酬は親族などが受け取ることもできる。それにはこの手紙がいるが・・・どうしようか。その人のためにも、殉職じゅんしょくしたあかしを受け取ってやるべきだと思うが。」

 ギルが言った。


「だが現実を突きつけられるのを恐れているとしたら・・・大丈夫だろうか。もし、ここに住んでいるのが、そのお婆さんだけだとしたら・・・。」


「難しいな・・・。」


 結局、二人は、余計なお世話になりかねないことはよしておこうと、手紙をポストの奥へ戻した。そして、居るかいなかを確かめるため、ギルが思いきって目の前のドアを引き開けようとした・・・その時。


 玄関のドア越しに、やっと足音を聞き取ることができた。ゆっくりと近づいて来る。


 訪問者たちが一歩下がり、姿勢を正して待っていると、ドアが小さな音をたてて開いた。続いて中から、くの字に腰が曲がっている高齢とおぼしき老婆が、まず少しだけ顔を見せてくれた。


「おやまあ、天からお迎えが来たのかと思いましたよ。」


 それから玄関を開け放った老婆は、男性でありながら美しい顔立ちの訪問者二人を見るなり、のんびりとした口調でそう言った。


 そのエミリオとギルが軽く会釈をすると、老婆は珍しい客人に喜んでいる様子で、用件をききもせずに、あがるよう快く促した。


「すまんね、すっかり耳が遠くなってしもうてね。」


 老婆は客人たちを手招きながら、ふらふらとおぼつかない足取りで居間へ向かう。途中、その体が大きく揺らいだので、エミリオが素早く手を貸して支え、古い安楽椅子あんらくいすに座らせてやった。 


 外はひどかったが、中はきちんと掃除や手入れがされている様子で、整理整頓も行き届いていた。ただ、所々に器が置かれてあるのは雨漏りのせいだろう。


「ここにはお一人で?」

 勧められたソファに腰掛けると、エミリオは尋ねた。 


「ええ。もう十年前・・・になりますか。それまでは、ちょうど、あんたさんらくらいの孫もおりましたが、傭兵になって出て行ってからは、稼ぎを届けてくれに、たまに帰ってくる程度で・・・。この一年ほどは、まだ戻らなくてね。」


 彼女はおだやかな顔でそう教えてくれたが、二人には不憫に思われてならなかった。


 ギルは、やるせなくなって立ち上がった。

「じゃあ、俺がこの屋根を修理するよ。」









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