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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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戦慄の儀式の真相



 あれから無事に帰り着いた宿は、食堂と玄関が明るいままになっていた。真夜中だというのに鍵も開けたままで、中へ入ると、灯りがついている食堂から楽しそうな声が聞こえてくる。


 そこでは主人とその妻、そしてエミリオとシャナイアだけでなく、カイルまでもがいつの間にか起きてきて、ほのぼのとした雰囲気の中、のうのうと香り高いハーブティーなんぞをすすり合っていた。


「おかえり。いつ帰ってくるかと待っていたんだ。」

「玄関を閉められたら、どこから入るつもりだったの?」


 二階の窓からと、エミリオやシャナイアに答えるよりも、珍しく興奮しているレッドは前のめりになって言った。 

「カイル、出たんだ! 俺にも見えたんだ!」


 だしぬけにそう告げられたカイルの方は、レッドの左腕に気づくなり、みるみるムッとした顔つきになっている。


「それより・・・。」と、レッドの左手首をつかんだカイルは、ぐいと引っ張った。「暴れたね。なんで?」


 綺麗に巻いたはずの包帯がしわくちゃにゆるんでいるうえ、また血が滲み出しているのだから。


「ああ・・・昼間の奴らと出くわしちまって・・・無茶はしていないさ。」


 レッドは申し訳なさそうに言い訳したが、カイルはじろりと上目遣うわめづかいに厳しい目を向けてくる。さすがのレッドも、医師としてのカイルには頭が上がらない。


「喧嘩したってこと? 動かさないでって言ったのに、まったくもう。」


 開いた傷口の縫合ほうごうをし直す必要がある。カイルは席を立つと、夫人に水桶みずおけを用意してくれるよう頼み、自分は治療道具を取りに部屋へ戻って行った。


 そしてレッドは、やがて道具をそろえて戻ってきたカイルと向かい合って座った。カイルが慣れた手つきでスルスルと汚れた包帯をほどき、傷口の周りに固まっている血を丁寧に除去すると、やはり開き始めた傷口に縫合糸が無意味にへばりついている。カイルは淡々と抜糸ばっしをし、治療をやり直し始めた。


「・・・で、何が出たの。」

 処置がおおかた終わったところで、カイルがきいた。


 レッドも、そしてギルもリューイもつい、医師としてのカイルに見惚みとれて話を忘れていた。


「ああその・・・亡霊が。兵隊の。」

 レッドが答えた。


「やっぱり出ましたか。」と、主人。


 まだ十代の少年のそんな姿には主人も目を奪われていたが、ここで急にその表情が変わった。


 この瞬間、シャナイアの視線はエミリオに。互いの目が合った。玄関で主人が、〝何も起こらなければ・・・。〟とつぶやいた訳が分かったからだ。


「どういうことです。」と、エミリオが問う。


 その答えは、あの戦慄せんりつの儀式がり行われている理由につながるはず。この町の美しさの裏で、何が起きているのか。


 すると主人はいくらか困惑し、ためらうそぶりを見せた。先ほどはつい反応してしまったのか、話を聞かせてもらえるまで、やや長い沈黙があった。


「ええ・・・時々、真夜中に兵士たちの亡霊が現れるという噂を聞いたものですから。」やがて主人はたどたどしくそう口にして、妻の方を少し見た。「ちょうど、この町が汚された・・・あの頃から。」


「汚された・・・というのは、もしや昼間の儀式と何か関係があるのでは。」


 エミリオが詳しく聞こうとすると、主人はおびえるような表情をしている妻とまた顔を見合った。それからテーブルの上に両手を組んで、視線をその上に落とした。


「はい・・・。あれは、およそ一年前の、ある日のことでした・・・。」


 そうして、真相が苦い口調で語られる。

 

「突然、全くの原因不明で、井戸や泉といったこの町の水が、どす黒く変色してしまったのです。リトレア湖だけは青々としていましたが、なぜか、この町に供給される水も同じように黒ずんでしまい・・・。気味が悪くて、とても飲もうなどと思えるものではありませんでした。そんな時に、ついには見た事もない怪物まで現れる始末で・・・。私たちはさいなまれました。ですがすぐに、領主様からの御触おふれが回ってきたのです。神と交信ができる能力者が解決にたずさわると。なんでも、その者は、領主様の屋敷に現れた怪物を一掃いっそうしてみせたとか。」


 一行は深刻な顔をそろえて耳をかたむけた。 


「その能力者の説明によると、こうでした。この町は王家が犯した過去の罪により、神々に呪われている。この町を災いから救うためには、毎年一人、赤ん坊か幼い子供を生贄いけにえとして神に ―― 」


 ガタンッと椅子が音をたてた。

 いきなり立ち上がったカイルは、怖いほど眉間みけんに皺をよせている。


「司祭者の、あの女の人のことだよね。」 

 カイルは主人の目を見据みすえてきいた。


「え・・・ええ。ですから、選ばれた生贄となる赤ん坊の家族は密かに逃げようとしたようですが・・・結局、翌日には見つけられてしまい・・・。あとで聞いた話によると、町の外へ出ようとすれば何か恐ろしい獣の呻き声に囲まれ、進むことができなかったのだそうです。そうしてあの儀式が予定通りに行われ、そこで彼女は、神からは逃れられない・・・と言って、その子を・・・。」


 それ以上は声にできずに、主人は口をつぐんだ。


「火炙りにか・・・。」

 低い声で、レッドが先の言葉を口にした。


 彼らは一様に顔をしかめた。背筋を冷たいものが走りぬける。


 主人は、うなずいて話を続けた。

「翌朝、町の水は全て清められていました。それからは、あの恐ろしい怪物が姿を現すことも無くなり・・・。仕方ないのです。従うしか・・・。」


「ふざけんな!」


 リューイがいきどおって大声を出すと、主人は目をむいた。


「儀式を止めれば、また水は汚濁おだくし、怪物の群れが襲ってきます。住民を食い殺し、町を破壊してしまうでしょう。」


 住民を・・・食い殺す。その言葉に反応したカイルは、思わず身震いした。そしてほかの者たちもまた、その時の主人の形相ぎょうそうに圧倒され、その言葉に衝撃を受けて押し黙った。断末魔の悲鳴が聞こえてくるようだ。


 それにしても主人の話・・・つまり、その司祭者が言うことには、時代錯誤(さくご)を強く感じずにはいられない。ギルやエミリオはそんな思いで、あえて何も言わずにただ視線を交わした。それでも従わずにはいられない災厄に、この町の住人たちが苦しんでいる現実がある。


 しばらく沈黙が支配した。


 その中で、重苦しいため息をついた主人は、とても静かな声で言った。

「私たちはこの町の住人ですから、ここから逃げることはできませんが、あなた方は・・・。悪いことは言いません、何も聞かなかったことにして、すぐにこの町から旅立った方が。それに・・・離れられなくなるかもしれませんよ。」


 主人の話はそれで終わりだった。


 そのあとはいつもの気さくな口調に戻って、主人は、集まった者たちを寝床につくよう促した。


 しかし一方の客人たちは、おかげで眠ることができなくなってしまった。









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