拳の師匠
最後を決めたのはレッドだった。
ふと気づくと、包帯から血が滲んでいる。さすがにマズイと思ったレッドは、後ろ向きに椅子に飛び乗ると、殴りかかってきた男の顎を蹴り上げた。男はテーブルの上を滑り落ちて、おまけに自分で倒した椅子の下敷きに。
執拗に立ち向かっていた男たちも、これでようやく全ておとなしくなった。気絶するか、苦しそうにうずくまるかで、どのみちもう戦闘不可能の様子。
三人の勝利に、ほかの客はみな脂ぎった腕をさかんに振りたて、一斉に拍手を送った。耳障りな声で野蛮な喝采を浴びせかけてくれるが、見かけほど悪い奴らではなさそうだと、ギルは苦笑いでその歓声に応えた。
「さて・・・と。」
ギルは腰に両手を当てて、深々とため息をつく。それからカウンターの方へ足を向け、そこに居るいかつい店長の前でもまた苦笑した。
その店長は、この争いの渦中にいながら少しも動じず、澄ました顔で食器を拭き続けていたのである。肝っ玉の座ったこの男は、幾多の実戦を積んできた古兵で、店をめちゃくちゃにされることもしばしばだった。その場合、大損害を被った分はたっぷりと利息をつけて償ってもらうのが彼の流儀だ。
「たいした見世物だったぜ。ところでこの始末、いったいどうつけてくれるんだい。」
店長は手にしている皿から目を離すことなく、目の前に立った若者に言った。
「その件だが・・・これで勘弁していただけないだろうか。」
ギルは、着衣からつかみ出した巾着袋をカウンターの上に置いた。
ガチャリという小気味のよい音が鳴った。
「札束もある。修理代にはなるだろう。」
いかつい店長は、視線をだけを動かしてそれを見た。そして、やっと若者にも目を向けた。
彫りが深くて厳しい目つきのその顔を、ギルも真っ直ぐに見つめ返した。
「すまないが、粗大ゴミの始末・・・いや間違えた、片付け程度にそれもお願いしたい。」
店長は精悍な顔を少し崩した。
「また来な。」
丁寧に頭を下げたギルは、背中を返してそのまま出入り口へ向かう。
リューイもすぐに続いた。
レッドだけが、名残惜しげにゆっくりと爪先を向けた。
「それじゃあ・・・。」
すると・・・。
「テリーに喧嘩の仕方は教わったか。」
レッドは立ち止まった。ライデルは笑顔を浮かべていたが、食い入るような熱い眼差しをしている。その目を見つめ返して、レッドは答えた。
「いや・・・。」
レッドは背中を向けた。歩きだしざまに軽く手をひと振りし、すぐに二人のあとを追って行った。
ライデルもその子分も、レッドが店を出るまでは黙って見送った。
「あの鉄拳の繰り出し方・・・親分にそっくりだったな。」
「ああ、身ごなしもだ。」
やがて子分たちが口々に言いだした。
その隙に酒瓶をひったくったライデルは、嬉しそうに中身を全部飲み干した。