喧嘩
レッドは喧嘩慣れしていた。そのほとんどは和解役に割って入るのだが、結局はいつも、聞きわけのない連中を手荒な方法で黙らせてしまうことになり、喧嘩両成敗という結果に落ち着くことが多い。ただ、今は具合の悪いことに、取っ組み合い、殴り合いでは、負傷している方の腕はほとんど使いものにならない。それどころか、庇いながらやり合わなければならなかった。
一方ギルの方は、戦はともかく喧嘩沙汰には縁がなかった。そこで、「悪いが、俺もこいつを使わせてもらうぜ。何か手にしていないと落ち着かん。」と、壁に立て掛けてあったモップに手を伸ばした。
その直後。大股で接近してきた男の振るう瓶をスッとかわしたギルは、巧みな動作で相手の右肩を強打した。膝を折って呻いているその男のそばで、ギルは「持ちにくいな・・・。」と呟き、これからその掃除道具をどう扱うかに頭を悩ませた。
レッドが突き出した一撃が怒り狂った男の出鼻に命中すると、もつれ合うようにして二人の男が倒れた。雄叫びを上げてすぐ、次の相手が飛びかかってきた。が、レッドはそいつの握り拳を難なく受け止めて腹に膝蹴りを仕掛け、床にうずくまらせた。
「いいぞお、やれやれいっ。」
ライデルは腕を組み、大口を開けてがははと笑う。
へべれけに酔っ払った男が、頭上で腕を振り回す。ジョッキを突き上げた男が、わけの分からないことを喚きたてる。
面白いことに、酒に酔ってただ笑うばかりと思われた見物人たちも、呂律は相変わらずあやふやなものの様々な言動をした。ギルの鮮やかな剣捌きならぬ棒捌きには、惚れ惚れして長い感嘆の吐息を漏らし、リューイが連続技で二人の男を蹴飛ばした時には、目を見開いて一瞬静まり返った。
テーブルだろうが椅子だろうが、リューイは所構わず身軽に飛び乗って、必要以上に動き回り、完全に男たちを翻弄していた。
実際、リューイは楽しんでいた。アースリーヴェの密林にいた頃は、毎日のように疲れ果てるまで樹海を駆け回ったり、海で泳いだりしていたものだったが、そこから離れて一人旅に出てみれば、あまりに違う世界が待っていて、以前のように遊ぶことができなくなった。そんな子供のように我慢していた気持ちが一触即発されると、自制心など簡単に自分の中からどこかへ行ってしまった。
そんなリューイに度々目をやりながら、ギルとレッドは呆れて肩をすくう思いだ。
たちまち殺伐とした店内は、もはや大乱闘。
ガラの悪い見物人たちは愉快そうに腕を振り回し、いつまでも何か聞きとれぬ野次を飛ばしている。やかましい笑い声を上げ、この騒動を鑑賞しながら、肉や魚をむしゃむしゃとむさぼり、ビールを飲み干して口をぬぐう。
背中合わせに、レッドは誰かとぶつかった。ハッとして肩越しに振り向くと、そこにはひらりと飛び退いて攻撃を避けた直後のギルが。
互いの目が合い、不適な笑みを交わし合う。
そこへ、それぞれ相手にしようとしていた二人の男が、いきなり降ってきた人間に押しつぶされて、ともども床に倒れた。横っ飛びにその男たちの背後からぶつかってきたのは、リューイが胸倉をつかみ、引っ張り回したあげく放り投げた太った男だ。
手間が省けた。
「ありがとよ。」
ギルが礼を言った。
それにリューイもニヤリと笑って返した。
その時、リューイの足元で倒れていたまた別の男が、呻きながら無理に体を起こして、埃まみれの手を伸ばしてきた。
「お前、丈夫だな。」
呆れたようにそう言ったリューイは、もはやヨレヨレの男を見下ろして立っていただけだった。そのため的が外れて左袖をぐいと引き下げられたリューイは、素早く胴着から腕を抜いて男に組みかかり、また無造作に放り投げた。
この男も簡単に宙を舞って壁に激突した。こともあろうに腐った羽目板が割れ、ヘロヘロになった男の体は、ベキッという破壊音と共に別の部屋へ飛び込んでいった。
サッと避けて、飛んでくる男に道を空けてやった見物人たちは、腹を抱えて大笑い。また分からないことを楽しそうに喚いて、喉に勢いよく酒を流し込む。
「レッドを手放して正解だったな。」
寂しそうにそう呟いたライデルは、何を言っているのかと目を向けてきた子分たちに、レッドの方へ顎をしゃくってみせた。
「見ろよ、あいつの顔。悔しいが、俺たちといた時よりも輝いてるじゃねえか。」
頭のいつになくキザなセリフに、仲間たちは一斉にふきだした。
だが、それから一様に笑みを浮かべて、レッドとその友人たちを眺めた。
「いい奴らじゃないか。二人共最高だ。」
「仲間は飽きない奴に限る。」
ライデルの言葉に子分のリオが付け加え、男たちは肩を組んで互いの絆を確かめ合った。