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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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昼間の連中



「そうか・・・。」


 仲間もみな沈黙した。

 店内の騒音さえうつろに耳をすり抜ける。


 テリー・レイ・アークウェット。彼は旅路でライデル率いる盗賊一味と出くわし、奇妙にも意気投合して一夜を共にしたのだが、そこで年若いレッドを目にし、熱心に引き取りたいと申し出た。それというのも、ライデルからレッドの身の上話を聞いたテリーが、その勇気と正義感にれこんで、レッドの素質を見抜いたからである。


 レッドを自分たちには染まらせず、息子のように可愛がっていたライデルは、だからこそレッドが承知したならば手放そうと決め、テリーについていくかときいた。


 すると、ライデルや仲間たちをとてもしたっておきながら、窃盗にはほとほと嫌気がさしていたレッドは躊躇ちゅうちょして、なかなか決断せずにいた。


 そこでライデルは、とうていかなわないと分かっていながら、レッドには「勝った方について行け。」と言って、テリーに決闘を申し込んだのである。それをレッドも承知した。


 結果、ライデルは敗れた。


 そこで実際にアイアスの衝撃的な強さを見て知ったレッドも、ライデルの胸の内を理解して何も言わずに別れだけを告げ、そうしてレッドは、テリーという伝説の戦士に引き取られていった。


 その後、テリーに約三年間マンツーマンで剣術を教わり、凄まじい速さで技を身につけ、戦うすべを習得していったレッドは、やがて、テリーと同じく、大陸最強の組織アイアンギルスの試験に臨む。そして、数か月にわたる全ての試練に合格し、ストレートでその資格を得た。


 アイアスの試験官には現役のアイアスも含まれ、交替で務めている。そのため、テリーが試験管を務める番に合わせて受験したレッドの二次試験 ―― 現役のアイアスと共に戦場を渡り歩く ―― には、師匠のテリーが同行した。


 だが・・・そうしてレッドを期待通りに育て上げ、さあ独り立ちさせようという矢先に、その弟子の犠牲となってテリーは死んだ・・・。


 下を向いたレッドは、眉間みけんに皺が寄るほどぎゅっと目を閉じて、よみがえる辛い記憶をひとまず消し去った。


 そこへ不意に、出入り口から荒々しい声や靴音くつおとが響いてきた。それは喧噪けんそうに紛れていたが、それでも耳に飛び込んできた。ガラの悪い客が入店したらしい。


 ギルは、反射的に目を向けた。そのとたん、顔色を変えて首を振り戻した。そして、「なんてこった・・・。」と、つぶやいた。


 どうしたのかと、レッドも同じようにそちらを見やる。やはりすぐに顔をそむけて、「まずいな・・・。」と、言った。


 だが続いて、「あっ・・・。」と声を上げたリューイだけは、堂々と顔を上げたままでいる。おかげで早速見つけられてしまったようだった。


 昼間、さんざんコケにした連中に。


 ギルとレッドは、チラっとのぞき見た。昼間の男たちがこちらに向かって腕を突き出し、指差して、目を丸くしているのが見えた。その目にみるみる憎悪ぞうおがこもっていく。


「面倒なことになりそうだな・・・。」

 ギルが下を向いたままで言った。


「見ろよ、あの顔。あは、すっげえ怒ってる。」

 リューイは奇妙にもおかしくなった。


「おいおい、いったい何をやらかしたんだ。」

 言葉のわりには、ライデルが普通に囁きかける。


「ああ、ちょっとな。」

 レッドはいい加減に答えた。


 そうしている間にも、男たちはずんずんと足を踏み鳴らして近づいてくる。


「きさまら・・・。」と、そのうちの一人が興奮して言った相手が悪かった。


 男がただ腕を伸ばして指を突きつけてきただけで、リューイはいきなりその手を取ると、さっと腰を落として、豪快に投げ飛ばしてしまったのだ。


「しまった、つい・・・。」


 条件反射だった。もう、体がその気になっている。そもそもリューイは、昼間のあの時にも先に手を出そうとした。それをギルがたまたま止めただけだ。


「兄ちゃん大胆だね。」

 ライデルもさすがにぎょっとしたが、まだしっかりと椅子に腰かけている。


 一方、テーブルの上でしたたかに背中をぶつけた男の仲間は、口を開けて唖然あぜんとした顔。


「お連れさん方は喧嘩の仕方をちゃんと心得ているのかい、レッドよ。」

 火蓋をきった金髪青年に目を奪われながら、ライデルはきいた。


「喧嘩・・・はどうだか知らんが、たぶん皆より腕はたつよ。」


「あんな綺麗な顔でか。二人とも傭兵ようへいじゃねえんだろ。今のは正直ぶったまげたが。」


「取っ組み合いなら、あいつは俺なんかより遥かに強い。」


「言っておくが協力はしないぜ。無関係のいざこざに首を突っ込むのは趣味じゃねえんでな。」


「手はいらないが、邪魔もしないでくれよ。」


「ふ、口が達者になりおって。さて、腕の方はどうかな。」そこでようやく、ライデルは腰を上げた。「お前ら、台無しになる前に皿と酒を持って避難しろ。喧嘩がおっぱじまるぞお。」


 その声は子分たちだけでなく、店内にいるほかの客すべてをはしへ移動させた。酔いつぶれた男を仲間が引きずり、とばっちりを食うまいと酒や料理を持ち上げ、あっという間に壁際かべぎわ人垣ひとがきが出来上がってしまった。


 野次馬たちが酒の回っためちゃくちゃな呂律ではやしたてる。彼らにとって乱闘など、見物する分にはよい退屈しのぎでしかない。その証拠に、さっそく博打ばくちのネタにされてしまったようだった。


 投げ飛ばされた男の仲間は、今やカンカンにいきり立っていた。空いた大皿やら、そのへんに転がっていたびんやらを手に、今にも襲いかからんばかりだ。


「リューイ、ここは町の中だ。分かってるな。」

「気をつけるよ。」


 リューイの〝うっかりしないように〟という意味のいつもの返事を確認しながら、レッドは羽交い絞めを仕掛けてきた一人目の鳩尾みぞおち肘鉄ひじてつをめりこませ、次いでその左頬に鉄拳をお見舞いした。








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