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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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居酒屋で・・・



 三人は、石ころだらけの曲がりくねった下り坂をたどっていた。のきを連ねる居酒屋らしき建物から漏れる明かりが、この丘のふもとに見える。


「シャナイアはその・・・異性との関係っていうか、経験は豊富な方なのか。言い寄る男はごまんといるだろうが。」


 やぶから棒にギルが言いだした。


 思わぬ質問に、レッドはのぞき込むような視線を返した。


「そういう話はしたことはないが、どんな男も、あいつの本性を知った途端とたんに興ざめするだろう・・・何かされたか。」


「何かしたか・・・と、きくとこだろう。」と、ギルは呆れた。


「いや、あいつのことだ。あんたの方が危険だ。」


 この瞬間、レッドは過去を思い出していた。なんせ、あいつは、相性が悪そうな年下の俺でも誘ってきた女・・・あの時は酔っぱらっていたが。※


 ギルは呆れ果てた。

「彼女は、お前が思っているほど男まさりじゃないよ。」


 坂を下りきると、そこは昼間とはうって変わって荒々しい喧噪けんそうに包まれていた。浮かれ騒ぐ男たちの奇声が渦巻いている。ここは山賊やごろつきの溜まり場だ。帝都アルバドルの感じのよい居酒屋に馴染みのあるギルは、この不潔たらしさに少々面食らい、この町の本来あるべき姿と比べて驚いたリューイが目を丸くしたが、レッドにとっては何てことのない見慣れた光景である。


 三人は、そうくつろいでもいられないことをしっかりと肝に銘じて、さっさと店を決めてしまうと、その軒先のきさきの短い階段を上がっていった。そこは宿屋も兼ねており、二階にある飲み屋から、辺りをはばからない大声や粗野な笑い声が漏れてくる。


 ギシギシときしむ木の階段を上り、開けっ放しの黴臭かびくさいドアをくぐると、たちまちムッとする熱気に取り巻かれた。さらに中へ進むと、脂ぎった顔の男たちの汗臭い体臭を強烈に浴びることになり、ギルとリューイは、最初立ちくらみを起こしそうになったほど。


 ウェイトレスがおらず、セルフサービスのその店でレッドが酒を注文しにカウンターの方へ行ってしまったので、あとに残された、見た目こんな場所には似合わない顔の二人は、急に周りから浮いてしまった。どうしたってギルは皇族の気品がたたずまいに表れているし、そのうえまれ青紫あおむらさき色の瞳がとりわけ人目を引く。金髪碧眼(へきがん)のリューイも、外見だけを言えば品のある端整たんせいな容貌だ。


「よお、綺麗な兄ちゃん。」


 空いている席を探している途中、ひげを生やした渋い男に、早速ギルは呼び止められた。


 正直、ギルは滅入めいった。皇城を出てからというもの、こういう声の掛けられ方をよくするようになったので、たぶん自分のこと・・・。


「女を口説きにきたなら、場所、間違えてるぜ。」と、その男はやはり、しっかりと目を合わせて言ってきた。「ここで口説けるのは酒だけだ。」


 ギルは物怖ものおじ一つせず、それどころか笑顔を浮かべた。そして、真っ直ぐに相手の目を見て調子を合わせた。


「それは残念。じゃあ、綺麗な男で我慢するか。」


 そう言ってギルはリューイの肩を抱こうとしたが、その姿が忽然こつぜんと消えている。


 髭の男はかっかと笑った。

「顔に似合わず面白いことを言う。」


「ほら。愛しいお方は、あそこで腕相撲うでずもうなんぞなすってるぜ。」


 男と同じテーブルを囲む仲間の一人が、そちらを指差して教えてくれた。


 見ると本当に、でっぷり太った男のむっくりした手を、リューイはがっちりと握り締めている。相手の男だけが顔を真っ赤にし、リューイはというと余裕綽々《よゆうしゃくしゃく》である。


「四人目だ、驚いたね。」

 また別の男が言い、鶏のモモ肉にかじりついた。


「兄ちゃん気をつけな。あいつらはまだいいが、気性の荒い奴がごろごろ居るからな。怪我するぜ。」

 髭の男はそう忠告しながら、使っていないグラスに焼酎を満たして差し出した。


 ギルは二つの意味で礼を言い、それを受け取った。


 六人全てを負かしたリューイは、酒や食べ物を機嫌よく勧めてくるその連中の誘いを断りながら、逃げるようにして戻ってきた。どういう経緯いきさつでかは謎だが、運良く気に入られたようだ。ギルはホッと胸を撫で下ろした。慣れない喧嘩沙汰けんかざたは御免だ・・・。


「あ、いたいた。」


 そこへ、注文をしに離れていたレッドも、見失ったギルとリューイを見つけて戻ってきた。ビールを満たしたジョッキを三つ持っている。


 ところが、ギルに向けられていたレッドの視線が不意にズレたかと思うと、さらにその目はみるみる大きく開かれていく。


 髭の男がいきなり立ち上がった。

「レッド!」


「ライデル、やっぱりだ!」


 卓上にジョッキを置いたレッドは、男たちにこつかれての少々荒っぽい歓迎を受けた。


「そうか、おめえの連れか。じゃあ傭兵だな。そのわりには、そっちの兄ちゃんには剣が見当たらんが。」

 ライデルと呼ばれた髭の男は、そう言ってリューイの腰の辺りに目を凝らした。


「外れ。二人とも違う。」と、レッド。


「あんたは山賊だろう。」

 男が、それでは何なのかとたずねる前に、ギルが逆に言い当ててみせた。


「その通り。」ライデルはにやりと笑った。「兄ちゃん、こいつを見ちまったな。」


 そう言って、ライデルがテーブルの下から拾い上げたものは、り返った刃物。ならず者にはつきものの武器だ。


「おっと、ぶっそうな想像しないでくれよ。俺たちゃ無闇に殺生せっしょうはしねえ。ただ、ちょっと貴族様からおこぼれを頂戴するだけさ。兄ちゃんみたいな綺麗な顔したな。」


「血祭りにあげたならず者なら数知れず。」

 レッドが皮肉たっぷりに言った。


「どうせ救いようのない悪党ばかりさ、罰はあたらねえよ。ま、俺たちだってろくな死に方はできんだろうが。」

 ライデルは残り少ないボトルに直接口を付け、がぶがぶと飲み干した。


「なんで山賊なんかと知り合いなんだ。」


 リューイが問うた。体よく言葉を使いこなせないだけで、悪気は無い。


「俺たち無くしては、こいつは語れないぜ。なあ息子よ。」

 ライデルは、レッドのほおを愛しげにでさすった。


 レッドは邪険にその手を払いのける。

「俺もういい歳なんだぜ。」


 すると、ライデルの抜け目ない瞳に優しいきらめきが宿った。

「俺たちにとっちゃあ、いつまで経っても十四のままだよ。」


「お前のおやじさんは山賊だったのか。」

 リューイがびっくりして言った。


「実の父親を呼び捨てる奴がどこにいる。」

 相変わらず何事も率直に受け止めるリューイに、ギルはやれやれという顔。


 レッドは苦笑を浮かべた。

「ガキの頃に親と生き別れてな・・・。それから十四になるまで、このライデル一味に育てられたんだ。おかげで罪人という過去を引きずってる。」


「おかげで強くたくましくなった、だろう。お前に盗みをさせた覚えはない。」そのあとライデルは、首を伸ばしてきょろきょろと周囲を見回した。「ところでテリーはどうした。一緒なんだろう?」


 急に弱々しくなったレッドの瞳に、暗い影が落ちた・・・。


「テリーは・・・死んだ。」


 ライデルとその仲間たちは、仰天ぎょうてんした。


 レッドのその声はとても聞き取りがたく、か細かったが、それが耳に入ったとたん、周りの豪快な笑い声も、野次も罵声ばせいも消え失せた。






※  参照 『アルタクティスzero』― 外伝3「レトラビアの傭兵」  9. 恋慕







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