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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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ギルベルト皇子



 ベッドに腰かけているリューイは、うなだれて窓の外ばかり眺めているレッドを、ずっと黙って見つめていた。ききたいことがあったが、その様子がおかしいことを見て取り、声をかけそこねていたのである。


 やがてリューイは、そんなレッドの背中に向かって、そっと言った。

「なあ・・・ここに来てからずっと思ってたんだけど。」


 肩越しにレッドが目を向けると、リューイはベッドを叩きながら不思議そうな顔をしている。


「一つしかないぜ。」


 主人からは〝二人部屋ばかりになりますが。〟と聞いていたので、寝台が二つ無いのはなぜかを理解できないようだ。


 向き直ったレッドは、胸の前で腕を組んだ。窓際まどぎわの壁にもたれかかり、眉根まゆねを寄せて、ため息をつく。


「見れば分かる。ほかの奴らのところも一つだろうな。」


「なんで。」


「わざとしてんだよ・・・たぶん。」


「・・・なんで?」


 レッドは、ここへ来て、最初に主人がこんなことを言っていたのを覚えていた。

「この町の景観やリトレア湖の美しさは方々で知られていまして、観光地としても人気があるんですよ。おかげで、お客の多くは恋人同士や新婚さんです。」


 リューイはとても興味津々そうだったが、その説明を平然とはできないと感じたレッドは、「お前がそれを使え。俺は適当に転がってるから。」と、結局きかれたことには答えてやらずに、話をらした。


「なんで。寝れないこともないじゃないか。」

 リューイはベッドに足を上げると、右半分を空けて横になった。

「ほらレッド、大丈夫だって。一緒に寝ような。」


 なんとも自然に飛び出たセリフに、レッドは手のひらで顔を覆う。


「恥ずかし気もなく、お前は・・・。」


「だってお前、さっきからボーッとして疲れてそうだし。」


 部屋の大部分を占めているベッドは、ひと目で腕のいい職人が作ったと分かるもので、弾力性の高いマットが敷かれている。飛び跳ねると面白いように体がバウンドするので、おかげでリューイは、そのうちベッドの上で尻もちを付いたり、ダイブして遊びだしてしまった。


「いいよ、疲れてない。おい、下に響くからやめろ。管理人の奥さんに叱られるぞ。」


「ほら、ちょっとやってみろって。面白いぞ。」


「やるかっ。子供じゃないんだぞっ。叱られたら恥ずかしいからやめてくれ。」


「ここに二人で並んだら、俺たち兄弟みたいだなあ。」


 レッドはやれやれと、また長いため息をついた。この精神年齢一桁(ひとけた)の無邪気、怒る気も無くなってしまう。そんなリューイをおとなしくさせるため、ギルが迎えにくるまで、レッドは仕方なく横になりに行った。まあ、草原で仲良く寝転がっていると思えば・・・。


 この時、時刻は午後十一時に近づく頃。


 ところが、そろそろだというのに、野宿に慣れているリューイの体は、ベッドの上だと心地良すぎて、すぐに眠気がさし始めた。


「なあ、リューイ。」


 不意に呼びかけられて、目を閉じそうになっていたリューイはパッとまぶたを上げた。


「なに・・・。」


「エミリオについては何となく理解もできるが、ギルは・・・自分勝手に出てきたような気がしないか。」


 リューイが目を向けてきたと分かると、レッドは天井を見つめたままでそう言った。


「家を?」


「皇宮をだ。国を。これって大変なことだぞ。」


「・・・なんで?」


「あいつは帝位を継ぐ立場にあるはずなんだぞ。俺たちがあの二人を受け入れることは割り切れても、皇室や側近、そのあたりの権力者の方は、皇太子こうたいし失踪しっそうを割り切って認められるわけないだろう。帝位継承者が失踪なんてしたら・・・。」


 リューイは体を横にした。

「レッド、悪いけど・・・言葉がよく分からない。」


 レッドも体の向きを変え、リューイと向かい合う。


「だからだな、お父さんの仕事を継がなきゃならない息子が家出なんてしたら・・・って、ギルの場合は諸国家の問題にもなるんだぞっ。」


「そういえば・・・じいさんも、弟子でしは俺だけだって言ってたな。」


「いや、継承権には普通、優先順位がある。だからギルも、何の配慮もなく出て来たとは思わないが、勝手にケリをつけてきたんじゃあ・・・って気がするんだ。なんせ、ギルベルト皇子といえば帝国の英雄、その将来への期待は絶大なものだった。いなくなったからって、そう簡単にあきらめられるはずもない。じゃあ、家の人たちはどうすると思う。」


「探し回るだろうな。」


「だろ? もしそうなら、上層部の奴らは、事実を隠しながらも大騒ぎしてるはずだ。」


「お前・・・さあ、家の人が心配してるからって、帰るように説得でもするつもりか。」


「いやだが、やっぱりこのままで済むはずが・・・。」


 すぐ目の前にあるレッドの辛気臭しんきくさい顔に、リューイの方は次第にしかめっ面になる。


「なあレッド、あいつを信じてればいいんじゃないか? つまりギルベルト皇子って、たいした男なんだろ? じゃあ、何かいろいろと問題があるみたいだけど、あいつはちゃんと考えてるって。とにかく俺たちといるあいだは、ギルはギル。エミリオはエミリオだよ。それに、もうほかに問題なんて無いんじゃなかったっけ?」


 言われて、レッドに返す言葉はなかった。


「・・・そうだったな。」


 その時、今のレッドとリューイ ―― ベッドに仲良く並んでいる ―― にとって足元にあるドアが音をたてずにそっと開いた。


 二人は一緒に目を向ける。


 半ば驚き、半ば愉快そうな顔のギル(―ベルト皇子)がそこにいた。


「水を差すようで悪いが、お楽しみの続きはあとにしてくれないか。」








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