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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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意味深な霊


 周りを樹木で囲まれた静かで和やかな雰囲気の旅籠屋はたごやに、ようやく一行は落ち着くことができた。煉瓦造れんがづくりの二階建てがL字型にたたずんでいる宿である。洒落しゃれた外観だが、ひなびた感じが周囲の自然とうまく調和している。あまりもうけにはこだわらないらしく、配慮の行き届いた二人部屋ばかりが用意されていた。辺鄙へんぴな場所にあるためか、ほかに客は無い様子。集中して立ち並ぶ旅館の中には、当然のように相部屋となることも珍しくはない。だがここは、家庭的な匂いがして待遇も居心地もよい宿だった。


 ただ、二人部屋ばかりならミーアが決まって添い寝なので問題はないはずが、そうもいかなかった。二人部屋といっても寝台は一つ。セミダブルほどのものが、一台だけなのである。ここは閑静かんせい辺鄙へんぴな場所にある小洒落こじゃれたペンション。どうもそういう利用客も多いらしい。


 だが、ギルが自ら一人を選び、レッドとリューイが同じでいいと言ったので、自動的にミーアとシャナイア。そしてエミリオとカイルが同室となった。


 実は、これには理由があった。彼らのうち三人が、あることをくわだてているのである。提案者はレッド。そしてそれに乗ったのが、ギルとリューイの二人。


 そもそも、このことはリサの村でレッドがギルと約束をしていたからだったが、決めたのは、昼間の料理店で三人がエミリオたちから離れた時だ。夜の十一時を過ぎた頃、三人は密かに決行するつもりでいる。


 エミリオは小さな肘掛ひじかけ椅子に腰掛けて、また地図を眺めていた。その目の前で、カイルは昼間()んだ薬草の種類分けにいそしんでいる。シャナイアはミーアのお喋りに付き合い、リューイは部屋で静かに武術の動功(技法)の練習をし、ギルは、サービスで部屋に用意されていた赤ワインを一人で味わっている。


 そしてレッドは、玄関ポーチの階段のはしに座り込んで、肌身にみる夜気やきを浴びながら、物思いに沈んでいた。


 イヴとの再会を控えた今、複雑で不安定なこの心境をどうにか整理し、少しでも気持ちを落ち着かせておきたかったのである。だが、いつまでも苦渋の面持ちで、ため息ばかり繰り返していた。


 今更どんな顔で、どんな態度で会えというのか・・・。


 雲が夜の強風にあおられて、のろのろと移動している。


 そのうち悩み疲れたレッドは、顔を上げて、夜空をただぼんやりと眺めた。


 しばらくそうしていると、背後の妙な気配に気付いた。その前の静かに玄関が開く音は気にならなかったが、確かに気配があるのに動きがない・・・。怪訝けげんに思って振り向くと、やはり人が立っていた。この宿の主人の奥さんだ。


 ところが、レッドがなんだ・・・と、ほっとしたのもつかの間、彼女は後ろ手に何かを隠し持っているらしい・・・異様な無表情で。


 その様子のおかしさに、レッドは顔をしかめた。


 夫人の口元が奇妙にゆがんだ。


「かえ・・・し・・・て。」


「え・・・。」


「返して・・・あの子を・・・あの人を・・・。」


 その口からうめくような低い声が聞こえた。続いて、後ろ手に握っていたものがあらわになる・・・鋭利な果物ナイフだ⁉


 レッドは立ち上がった。


「埋め尽くす・・・この町を・・・。」


 意味不明なことを呟きながら、彼女は一歩一歩とにじり寄ってくる。


 レッドも逃げ腰で後ずさりした。


「私の・・・怨念で。」


「何言ってるんだ、うわっ⁉」


 レッドはあわててけ反った。夫人が突如とつじょナイフを振るってきたからだ。幸い、あばらの辺りをわずかにかすっただけだ。


「止めろ!」


 ただならないレッドの声は、二階にいる仲間たちの血相を変えた。窓から玄関先を見下ろして、次々と階段を駆け下りてくる。


 そのあいだも、夫人は逆手に握りしめたナイフを容赦なく向けてくる。それをどうすることもできずに、レッドはただひたすらかわし続けていた。むやみやたらに凶器を振るっているので動きが読みづらく、攻撃の見当がつかない。それに相手が女性で、しかも世話になる宿の管理人となれば、下手に手を出すわけにもいかなかった。 

  

 そんな状況で、レッドにはずつと気になってならないことがある。それは彼女のその、刃物を振り回しているというのに、いやに冷静な顔だ。


 間もなく、仲間たちがあわてて駆けつけてきた。


 レッドと夫人は接近して、互いにくるくると動き回っている。様子のおかしさがいよいよ尋常じんじょうでないと判断したレッドも今、ようやく決心がついた。まずは彼女の動きを止めなければならない。


 その時 ―― 。


「悪霊が !」

「え・・・つうっ ⁉」


 カイルの声に気をとられた一瞬、夫人のしかけた一撃がきまった・・・!


 シャナイアは思わず口に手を当てる。


 ナイフは鋭く、レッドの左の前腕ぜんわんをグサリと突き刺していた。レッドは歯を食いしばり、激痛に耐えた。とっさに押さえた傷口から血がポタポタと地面にしたたり落ちるのを見つめる。つい注意をらしてしまった自分に腹が立った。


 一方、右手を上げたカイルは、立ったまま急いで呪文を唱え始めている。 


 ところが悪霊は執着しゅうちゃくせず、すぐに夫人を解放して去って行った。


 カイルから見れば、逃げられた……というものだったが。


 実は、こうなる前にはもう、先に異変を感じていたカイル。そして、夫人の狂気の姿を見るなり確信した。


 カイルは厳しい顔で佇んだ。すさまじい怨念を感じたからだ。それは恐ろしいことに、昼間のモノとよく似ていた。


 それを同様に感じているエミリオも青ざめている。


 気を失って倒れた夫人は、ひとまずエミリオが抱き上げて管理人室へ運んだ。主人は出掛けていて不在だった。


 そして、負傷したレッドは手当てを受けるためにカイルの部屋へ向かい、ほかの者はそれぞれの部屋へと戻って行った。


 今の出来事に、戦慄せんりつを覚えながら。








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