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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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両親のもとへ



 赤ん坊をシャナイアがあやしながら、一行は木立こだちの中で暗くなるのを待った。この子を親のもとへ届けに行くために。もし生贄いけにえの子だと分かれば儀式がやり直される恐れがあるので、暗い方が都合がいい。


 夕方になって涼風が吹き始め、そして夜が訪れた。上空を雲が覆っているために、月も星も見当たらない。不気味な夜。今夜は特にそう感じられた。この町にいるせいだ。


 ランタンの明かりのもと、一行はできるだけ人目を避けて赤ん坊の家へと向かった。夜の街の明かりからは次第に離れていき、そのまましばらく進むと、再び木立に突き当たった。細い木が目立つが、もっと葉を茂らせたその森の中を、リトレア湖の支流の一つがゆったりと流れている。


 キースの案内に従って、堤防の役割をしている石垣いしがき沿いを進んだ。その子の母親の匂いを嗅ぎつけたキースの足取りは、一度も滞ることがない。


「おい、間違えてあの女の所へ来てしまった・・・なんてことには、ならないだろうな。冗談にならんぞ。」

 レッドが心配してきいた。


「こいつを信じろよ。」

 リューイは自信満々に答えてみせる。


 ジャングル育ちのキースは、訓練された犬並みに優れた臭覚と、判断力の持ち主だ。確実ににおいを嗅ぎ分けることができる。赤ん坊の御包おくるみに染み付いている、特に強いほかの匂いは三つ。恐らく一つはその子の母親のもの、一つは司祭者の女、そしてシャナイアの匂い。女の匂いは飛びかかった時に覚え、シャナイアの匂いも区別できる。ゆえに、残る一つが母親のものに違いない。 


「この町の雰囲気が暗かったのは、あの儀式のせいだったのね。」

 シャナイアが不意に言いだした。


「それで、俺は人でなしだと思われたのか。」

 誤解が解けたからよかったものの、それでもリューイはショックで肩を落とした。


「町の不良仲間だと思われたんじゃないか。こんな日に平気でいられるのは、あいつらくらいだろう。」

 ギルが言った。


「あんな儀式が行われてるってことは、この町のどこかで、何かが起こってるってことだろう? それも、町の人みんなが困ることが。」

 レッドが言った。


「また化け物が出てるのかよ。」

 リューイはリサの村での一件を思い出した。


「呪いにもいろいろあるから、魔物が出たとは限らないけど・・・。だけどあの感じ・・・何か別の種の・・・特殊な感じがした。」


 その儀式を抜け出してからというもの、ずっと考え込んで無口になっていたカイルが、ここでようやく口を開いた。


「明日またあの場所へ行って、調べてみるかい。」

 そう提案してきたエミリオに、カイルは硬い表情でうなずいた。


「ところで、お前、大丈夫なのか。リサではずいぶん参っていたようだが。」 

 そう声をかけたギルは、ずっと様子をうかがうようにしながら隣を歩いていた。


「平気ではないが、少し慣れたかな。」と、エミリオは苦笑した。


「呪いって免疫めんえきつくのか・・・。」と、ギル。 


「だけどさ、カイル。今日初めてってわけじゃないみたいだったろ。」リューイが言った。「あいつら慣れたようにあの場所へ向かってたから、あれでもちゃんと効果があるから続けられてるんじゃないのか。」


「単に、また困ることになるのを恐れているだけかもしれない。そう吹き込まれてな。何があったかは知らないが、少なくとも、それからは平和だったんだろう。」

 レッドが言った。


「確かに嫌な空気を感じたし、彼女も霊能力者であるならあの場所を分かってやってるんだろうから、そこでおはらいの儀式をやること自体はおかしくないんだけど・・・あんなことするなんて、おかしいよ。あの女の人・・・怪しいよ。」


「そもそも、今の時代で人間を生贄にするなど異常だ。彼女の自作自演って線が強いだろうな。何が目的かは知らんが。」


 ギルの言葉に、エミリオも深刻な顔でうなずいた。


 何のために生贄を捧げているのか。一体、何がこの町に起こったというのか。見た限りでは何の変哲もないどころか、美しく立派な町なのだが・・・。


 沈黙が覆った。


 レッドが赤ん坊の顔をのぞき込んでみれば、今はすやすやと穏やかに眠っている。


「赤ちゃん可愛いね。」

 レッドの首にしがみついているミーアが言った。夕方になると、寒いのと疲れたのとで、ミーアはたいてい誰かに甘えて抱いてもらうのが習慣になっていた。


「お前とたいして変わらないな。」


 ついついレッドがからかった。赤ん坊呼ばわりすると気を悪くされるのは知っているのだが、反応がまた可愛いのでついやってしまう。


 そんなレッドに向かって、ミーアは舌を突き出し、派手に顔を背けて、ほおを一杯に膨らませた。


 不気味に暗い木立の中に、すねたミーアをなだめる声と、レッドを責める声と、そして笑い声が響いた。 


 その森を抜けると、広々とした畑のある場所に出た。そこをしばらく進んでキースの足が止まったのは、後ろにかつらの大樹をひかえた平屋の家である。 


「この家ね。」


 そう言うとシャナイアは、赤ん坊を届けに行くのに、エミリオに同行を頼んだ。もし変に怪しまれたりしたら、自分では対処できないからだ。 


 その家の玄関へと向かう二人を、ほかの者は少し離れた場所から見守った。 


 エミリオが軽く玄関戸を叩いた。しばらくして、何の返事もなくそれはおもむろに開いた。そして中から顔をのぞかせたのは、沈んだ表情でし目を一向に上げようとしない女性である。ひどく悲しみに暮れている様子も無理はない。 


 そんな彼女に、エミリオはあたかも聖者様のようにほほ笑んだ。

「この子のお母さんですね。」


 言われて顔を上げた女性は、目の前に立つ二人の男女をはっきりと認め、言葉を失った。女神と見紛みまがう美女と、思わずあがめそうになるほど神秘的で眉目秀麗びもくしゅうれいな青年がいる。 


 そして、天にされたはずのいとしい我が子・・・。


「あ・・・あ・・・。」


 彼女は言葉にならない声を漏らして、震える両手を差し伸べた。その手にシャナイアがゆっくりと赤ん坊を手渡してやると、突然、彼女はガクンと腕を落としかけた。力が入りきらなかったようだ。


「ああ危ない!」シャナイアはあわててその腕を支えた。「ほら、しっかり抱いてあげて。」


 女性は胸にぎゅっと我が子を抱き締めた。そして、礼を言うのも忘れてやにわに背中を返し、居間へと駆け込んで行ってしまった。


「あなた、あの子が、私たちの子が帰ってきたわ! 神がお許しになられたのよ!」


 そのあと男性の声で、赤ん坊のものらしい女の子の名前を叫ぶのが耳に飛び込んできた。そして、言葉にならない涙混じりの歓声がそれに続いた。


 エミリオとシャナイアは、自然とほころぶ顔を見合わせる。そして、この家からそっと離れて、待たせていた仲間たちと道を戻り始めた。








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