儀式の妨害
女は、布包みの覆いから、包まれているものが少し出るようにした。
産まれて間もない、生後一か月になるかというくらいの、やはり小さな子供の頭が出てきた。生きている。その子の顔に、女は、インク壺程度の陶器の中の何かを塗り始めた。額から眉間へ、そして鼻筋に指を滑らせ頬へ・・・。
焦るあまり、さすがのエミリオもなかなか妙案が閃かない。
女が長い棒を手に取ったかと思うと、それをかがり火の炎の中へ突っ込んだ。火を移したのである。煌々《こうこう》と燃える松明を掲げて、女はゆっくりと祭壇を回り始めた。
不意に、リューイがしゃがみ込んだ。リューイは、傍らにいさせたキースの首に腕を回し、頬が触れ合うほど顔を近付けて、森の相棒にこう鋭く囁きかける。
「キース、あの子を助けるんだ。」
それから何やら身振り手ぶりを加えて、指示を与え始めた。
それを見たギルもやっと思いつき、背中を向けて籠手を嵌めると、目立たないように軽く腕を上げた。すぐ頭上で旋回していたフィクサーを、指笛を使わずに呼び寄せたのだ。
間もなく、その利口なクマタカは、静かに主人のもとへ舞い下りてきた。
「その役はこいつに任せてくれないか。」
フィクサーの頭を撫でながら、ギルはリューイにそう言った。
ギルのその表情には確信が持てた。リューイは微笑を返して、うなずいた。
だがレッドやシャナイアには、その獣たちがどれほど賢くても、いくらなんでも無茶過ぎるという思いしかない。言葉が分からないのに、とても理解できるとは思えなかった。
「何をさせるつもりだ。だいいち炎のそばだぞ、行けるのか。」
レッドが不安そうにきいた。
「そんなもの怖がりはしないさ。上手く避けることをこいつは知ってる。」と、リューイは答えた。
同じことがフィクサーにも言えた。勝手に戦場までついて行き、ギルが戦っているあいだ、戦火の上を飛び回っていたことが何度もある。
レッドはエミリオをうかがった。エミリオは、騒ぎを起こしてもらえるだけでも・・・と考えていたが、レッドもそれを理解した。その混乱を利用して、あとは強引な手段にも出られよう。
その間にも、ギルもまた何やら独特な指示の仕方で、フィクサーに言うことをきかせている。
ギルとリューイは目を見てうなずき合い、小声で同時に命じた。
「行け。」
フィクサーが静かに上空へと羽ばたいていき、リューイの合図でスッと動きだしたキースは、群衆の中へ割って入った。
辺りがたちまち騒然となる。
音もなく後ろから現れた黒い獣に、気づいた人々は慌てふためき逃げ惑った。キースはまっしぐらに司祭者の女のもとを目指している。一見、野獣がただ本能のままに猛進しているようにしか見えない。
そして司祭者の女は、もの凄い勢いで向かってくる野獣の迫力にたじろいだ。
そのキースは瞬く間に斜路を駆け上り、牙を向き出して女に飛びかかる。だがリューイの言いつけ通り、実際には脅すだけだ。
女は驚いて足をもつらせ、よろめいた。
ところが倒れざまに放り出した松明が、そのまま藁と薪の裾へと転がっていく・・・!
パチパチと音をたてて白煙が上がり、容赦なく赤ん坊をいぶりだした。すぐに出火が始まり、下からみるみる燃え広がっていった。
赤ん坊の泣き声が、悲鳴が耳をつんざいた。
だが束の間だった。間一髪、炎が祭壇の上へと這い上がる前に、上空から急降下してきたフィクサーが素早くその子をわし掴んで、一瞬のうちに救出したのである。
フィクサーはそのまま群衆の上を越えていき、東の森へ向かって悠々と去って行った。そのことに多くの者が気をとられている一方、キースもすでに戻り始めている。
まるで打ち合わせでもしたかのような、ヒョウとタカの絶妙な連携プレー。強引に連れ去るつもりでいたエミリオやレッドにとっては、これは期待以上だった。
彼らも空を仰いで、フィクサーが暗い木立の中へ消えてゆくのを見届けた。
「行こう。」
エミリオがそっと促した。
そうして一行は、キースが再び起こしてくれた混乱に紛れて、密かにこの集会から抜け出した。