表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
179/587

儀式の妨害


 女は、布包みのおおいから、包まれているものが少し出るようにした。


 産まれて間もない、生後一か月になるかというくらいの、やはり小さな子供の頭が出てきた。生きている。その子の顔に、女は、インクつぼ程度の陶器の中の何かを塗り始めた。ひたいから眉間みけんへ、そして鼻筋はなすじに指をすべらせほおへ・・・。


 あせるあまり、さすがのエミリオもなかなか妙案がひらめかない。


 女が長い棒を手に取ったかと思うと、それをかがり火の炎の中へ突っ込んだ。火を移したのである。煌々《こうこう》と燃える松明たいまつかかげて、女はゆっくりと祭壇を回り始めた。


 不意に、リューイがしゃがみ込んだ。リューイは、かたわらにいさせたキースの首に腕を回し、頬が触れ合うほど顔を近付けて、森の相棒にこう鋭く囁きかける。


「キース、あの子を助けるんだ。」


 それから何やら身振り手ぶりを加えて、指示を与え始めた。


 それを見たギルもやっと思いつき、背中を向けて籠手こてを嵌めると、目立たないように軽く腕を上げた。すぐ頭上で旋回せんかいしていたフィクサーを、指笛ゆびぶえを使わずに呼び寄せたのだ。


 間もなく、その利口りこうなクマタカは、静かに主人のもとへ舞い下りてきた。


「その役はこいつに任せてくれないか。」

 フィクサーの頭をでながら、ギルはリューイにそう言った。


 ギルのその表情には確信が持てた。リューイは微笑を返して、うなずいた。


 だがレッドやシャナイアには、その獣たちがどれほどかしこくても、いくらなんでも無茶過ぎるという思いしかない。言葉が分からないのに、とても理解できるとは思えなかった。


「何をさせるつもりだ。だいいち炎のそばだぞ、行けるのか。」

 レッドが不安そうにきいた。


「そんなもの怖がりはしないさ。上手く避けることをこいつは知ってる。」と、リューイは答えた。


 同じことがフィクサーにも言えた。勝手に戦場までついて行き、ギルが戦っているあいだ、戦火の上を飛び回っていたことが何度もある。


 レッドはエミリオをうかがった。エミリオは、騒ぎを起こしてもらえるだけでも・・・と考えていたが、レッドもそれを理解した。その混乱を利用して、あとは強引ごういんな手段にも出られよう。


 その間にも、ギルもまた何やら独特な指示の仕方で、フィクサーに言うことをきかせている。


 ギルとリューイは目を見てうなずき合い、小声で同時に命じた。


「行け。」


 フィクサーが静かに上空へと羽ばたいていき、リューイの合図でスッと動きだしたキースは、群衆の中へ割って入った。


 辺りがたちまち騒然そうぜんとなる。


 音もなく後ろから現れた黒い獣に、気づいた人々は慌てふためき逃げ惑った。キースはまっしぐらに司祭者の女のもとを目指している。一見、野獣がただ本能のままに猛進しているようにしか見えない。


 そして司祭者の女は、もの凄い勢いで向かってくる野獣の迫力にたじろいだ。


 そのキースは瞬く間に斜路しゃろを駆け上り、牙を向き出して女に飛びかかる。だがリューイの言いつけ通り、実際にはおどすだけだ。


 女は驚いて足をもつらせ、よろめいた。


 ところが倒れざまに放り出した松明たいまつが、そのままわらたきぎすそへと転がっていく・・・!


 パチパチと音をたてて白煙はくえんが上がり、容赦なく赤ん坊をいぶりだした。すぐに出火が始まり、下からみるみる燃え広がっていった。


 赤ん坊の泣き声が、悲鳴が耳をつんざいた。


 だが束の間だった。間一髪、炎が祭壇の上へとい上がる前に、上空から急降下してきたフィクサーが素早くその子をわし掴んで、一瞬のうちに救出したのである。


 フィクサーはそのまま群衆の上を越えていき、東の森へ向かって悠々と去って行った。そのことに多くの者が気をとられている一方、キースもすでに戻り始めている。


 まるで打ち合わせでもしたかのような、ヒョウとタカの絶妙な連携プレー。強引ごういんに連れ去るつもりでいたエミリオやレッドにとっては、これは期待以上だった。


 彼らも空をあおいで、フィクサーが暗い木立こだちの中へ消えてゆくのを見届けた。


「行こう。」

 エミリオがそっとうながした。


 そうして一行は、キースが再び起こしてくれた混乱に紛れて、密かにこの集会から抜け出した。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ