人身御供
人々のあとについて行き着いた先は、居住区や商店街から離れた町の西端に、ひっそりとある神殿の遺構だった。かつては高い基壇の上に完全な形で建ち、周柱式を付け柱としていたようだ。人々が集まっているのはその剥き出しの列柱に囲まれた場所で、その神殿の廃墟は列柱とテラスを組み合わせた構成になっており、中央に斜路が設けられている。
儀式らしきことは、そこで行われようとしていた。
高くなった広いテラスの上には二つのかがり火が焚かれ、間には何をするつもりか稲藁の束や薪が並べられている。さらに、それは石の台 ―― 祭壇―― を取り囲んでいた。
そこには、黒っぽい外套をまとい、頭巾を深く被っている女もいる。そのせいで陰になっている顔はよく見えないが、胸の前に垂れている長い髪と、その体つきや着衣の感じから女であることはすぐに見て取れた。女は、何やら声高にしゃべっている。最後尾にいる一行にはよく聞こえなかったが、彼女がどうやら司祭者らしい。
だが、真っ先に気になったのは、何よりも、女が両手で掲げている布包み。それだけがいまいち見定め難かったが、このセッティングからして、何が行われようとしているかは凡そ察しがついた。
その形や大きさから、信じ難い、恐ろしい予感を覚えずにはいられなかった。
「ここからじゃあ、よく見えないわ。」
シャナイアの声はかすかに震えている。
「あの女が何か持っていることは確かなんだがな。」と、遠回しにレッドも言った。
「赤ん坊だ・・・。」
重い声で、ついにギルが言いきった。
「あの子の誕生を皆で祝う・・・って感じじゃあないよな、どう見ても。」
リューイは、自分の前にいる人々の顔をのぞき込んだ。誰もがみな俯いて黙り込むか、手を合わせてひたすら拝むかだ。そうして両手を揉み合わせては、さめざめと涙を流している者までいる。
「そんな・・・まさか。」
言おうとしたカイルの言葉は、途中、口の中で凍りついた。
「・・・人身御供。」
苦い口調で、エミリオがあとの言葉を引き継いだ。的中していれば、早く手を打たなければ時間がない。
誰も、このまま見過ごすことはできそうになかった。どんな理由があろうと。
「だけど変だよ・・・僕 今、寒くて気分が悪い。ここ・・・呪われてるよ。」
カイルはそう言って、エミリオを見上げた。
エミリオも見つめ返して、うなずいた。
「じゃあ、これは呪いを解く儀式か?」
リューイが言った。
「生贄なんて必要ないよ。だから変って言ったんだ。逆に呪いをかける時か・・・。」
「呪いの儀式かこれ⁉」と、リューイ。
「まさか。」と、策を考えながらも、ギルも思わず。
「うん。町の人みんなで、そんなことするわけないよ。呪いを解くといえば、大昔には、災いなんかが続くと神が怒ってると思って、生贄を捧げれば鎮まるとされてた時代もあったみたいだけど・・・。」カイルは少し視線をさまよわせ、すぐにまた真正面に目を向け直した。「とにかく・・・あそこ・・・あの女の人がいるあたり・・・。」
「おい、今、悠長に会話してる場合じゃないだろ。お前の力で何か邪魔できる方法はないのか。」
レッドが急かすようにカイルにきいた。
「今、ここで何かしたらバレちゃうよっ。この人たち、みんな一応これを認めてるわけなんだから、邪魔して捕まったらどうするの。」
「ひとまずあの子を連れ去ろうにも、ここからじゃあ遠すぎる。たどり着くまでにひっ捕らえられるだろうな。そもそも、走り込んで行ける通路もない。」
ギルもため息まじりにそう言った。
目の前は、大勢の信仰者で塞がれているのである。
その隣で、エミリオはずっと眉間に皺を寄せて考え込んでおり、シャナイアはうろたえるばかりだ。
恐らく人だと思われるものが、石の祭壇に横たえられた。そうこうしているあいだにも、儀式は滞りなく進められている。