異様な繁華街
「俺の勝ちだ。」
ギルは〝控えおろう〟と印籠を見せつけるポーズで、呆けた顔をそろえている連中に、しかと認めさせた。
すると、横に離れていた男が急に取り乱して近づいてきたので、その男にもよく見せてやろうと、ギルは男の額にカードをパシッと押しつけた。こともあろうに、それは冷や汗の滲んだ《《おでこ》》にピタリと貼りついてしまった。
後ろへよろめきながら、男はうっとおしそうにそれを剥がした。そして、憤然として確認する。
「ぬ・・・⁉」
男は低く唸り、さらに目をみはった。
間違いない。
奇人変人でも見るような顔で、周りにいる男たちはみな言葉を失った。
「やるじゃないか。」
レッドが驚嘆して囁いた。
「こういうのは俺の得意分野だ。弓と似てるだろ?」
爽やかに答えたギルは、賭け金を集めた帽子を持って突っ立っている男のそばへ。そして、ひょいとそれごと頂戴し、中から紙幣を一枚取って、虚しく空いた男の手のひらに乗せた。
「はい、どうもね。これは新しい帽子代だ、とっといてくれ。」
ギルは仲間たちを振り返ると、すぐに店の出入口へと歩き出した。面倒なことになる前に、さっさとこの場を去るに限る。
そのギルに続いてリューイも店を出たが、ミーアがいるため、レッドは一度テーブル席へと戻った。
ことの成り行きをしっかり見ていたカイルは小声で、「・・・皇子様だよね?」
レッドの顔が訝しげになる。
「今度はそっちの方が怪しくなってきたぞ・・・。」
一方、同じように一部始終を見物していたシャナイアの表情は、「ざまあみろよ。」とでもいったふうだ。
シャナイアはスッと席を立った。
「お会計済ませてくるわね。」
「さあ行こう。」
エミリオも急かすようにそう言って、ミーアを素早く抱き上げた。連中が我に返る前に、姿を消しておかなければならない。
こうして町の不良から上手く切り抜けた一行は、あの状況で大した問題も起こさず、無事に店を出ることができた。
しかし外へ出ても、やはりこの町の暗く沈んだ異様な雰囲気は変わらない・・・。
また嫌な気持ちになりながら、一行はそのまま、町の北部と中心部を結んでいる商店街に出た。この町の特産物や、この土地で収穫できる野菜や果物が、いくつもあるテントの下に置かれてある。編み籠にてんこ盛りに積み上げられているもの、樽の中に溢れんばかりに詰め込まれているもの、それに、いぐさのゴザには所狭しに並んでいる。セージやローズマリーなど香辛料を売る店、ワインやラム酒などのほか、強い酒も豊富に扱う店もある。多種多様で豊か、出し物には贅沢といってもいいほどで、何一つ文句はない。食品ばかりでなく、陶器やガラス細工、衣類や雑貨といった商品のどれもこれも、目が利くエミリオやギルが感心する質の良さ。
だが、どうしても一つだけ気に入らないことがある。
この居心地の悪さといったらどうだ・・・。
「売る気はあるのか?」
レッドは顔をしかめ、そう小声でつぶやいた。
商人という商人が呼び込む声一つ発せず、店の出し物を虚ろに眺めて、ただ呆然としているのである。陰気で、威勢の悪いことといったらなかった。
リューイは勝手に仲間たちから離れると、テントの一つに入って行った。全く目立っていない、小さな手作り菓子の店である。
「婆さん、これ何のお菓子? 味見ある?」
リューイは明るい声で、角ばった焼き菓子を指差して言った。
ところが、その店の老婆は冷ややかな視線をくれてきた。そして黙っている。
「じゃあ・・・売ってくれ。」
嫌なら言えばいいのに、という気持ちでリューイは言い直したが、やはり返事はなく、腰を屈めて菓子を指差したまま、そのうち睨めっこのようになってしまった。
やっと老婆が口を開いてくれたのは、そのあとリューイのそばへとやってきた一行を、老婆が目にした時だ。
「あんたさん、旅のお人かね。」
「ああ。今日初めてここへ来たんだ。」
「そうかい・・・よりにもよってこんな日に。」
「え、なに? 聞こえない。」
あとの言葉がよく聞き取れなかったので、リューイはきき返した。
「ああ気にしないでおくれ。」
老婆はぎこちない微笑を浮かべた。
「悪いことをしてしまったね。それはさくらんぼの実を混ぜ込んだ焼き菓子だよ。どうぞ味見していってちょうだいな。」
「あ・・・ああ。」
そんな妙な様子が気になりながらも、リューイは、老婆が取り皿に入れてくれた中から一つをいただいた。
その老婆は、同じようにそれを欲しがったカイルとミーアにも、この時は愛想よく味見を勧めていた。怪訝そうに顔を曇らせているリューイに見つめられながら。その気持ちのせいでリューイはよく味わうことができなかったが、カイルとミーアが美味しいと喜んだので、シャナイアが菓子の袋詰めを一つ購入して、一行はその店を離れた。
しかし道へ戻っても、商店街は相変わらずの沈みようである。いつまでももやもやした気分のまま、彼らはその通りを歩いた。
すると、どうしたことか。
ある時、道沿いに並んでいる出店の店員たちが、示し合わせたように次々と立ち上がったのだ。そして売り物やら道具を、店舗自体を黙々と片付け始めた。
「あら、一斉に店を閉めだしたわ。まだ昼過ぎだっていうのに。」
「見ろよ、それだけじゃないぜ。」
首を回して背後にも目を向けたレッドが、顔をしかめてそう言った。
建物という建物、そして通りという通りの角から人々がぞろぞろと出てきて、繁華街でありながら人気もまばらだったこの大通りを埋め尽くし、そろって一方向へ進み始めたのである。大人や老人ばかりだが、誰も彼もが蒼白な面持ちで、足取りも重い。まるで亡者行列だ。
リューイは眉根を寄せ、「どいつもこいつも、死人みたいな顔してやがる・・・。」
一行は道の真ん中に佇む障害物となっていた。
気になって仕方がないカイルは、自分たちを避けてすれ違っていく一人に手を伸ばし、「すみません、どこへ行くんですか。」と、問うてみた。
しかし、その人は何も答えず、無表情で軽く頭を下げて行ってしまった。
「妙だな。」
低い声でギルが言った。
カイルは、今度は、手を合わせながら歩いている老人にも声をかけてみる。
「あの、これから何をしに?」
「神のご加護を乞いに。」
「え・・・。」
その人は意味深にひと言そう答えただけで、またよろよろと歩きだした。
エミリオは仲間たちを順ぐりに見た。
「気になるかい。」
エミリオも例外ではなかったが、彼らの面上にはあからさまに〝すごく知りたい。〟と、そう書かれてある。
「興味もあるな。」
ギルが答えると、ほかの者たちもそろって強くうなずいた。
そうして一行は、この亡者行列の最後尾に加わった。