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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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異様な繁華街



「俺の勝ちだ。」


 ギルは〝ひかえおろう〟と印籠いんろうを見せつけるポーズで、ほうけた顔をそろえている連中に、しかと認めさせた。


 すると、横に離れていた男が急に取り乱して近づいてきたので、その男にもよく見せてやろうと、ギルは男の額にカードをパシッと押しつけた。こともあろうに、それは冷や汗の滲んだ《《おでこ》》にピタリと貼りついてしまった。


 後ろへよろめきながら、男はうっとおしそうにそれをがした。そして、憤然ふんぜんとして確認する。


「ぬ・・・⁉」

 男は低くうなり、さらに目をみはった。


 間違いない。


 奇人変人でも見るような顔で、周りにいる男たちはみな言葉を失った。


「やるじゃないか。」

 レッドが驚嘆きょうたんして囁いた。


「こういうのは俺の得意分野だ。弓と似てるだろ?」


 さわやかに答えたギルは、賭け金を集めた帽子を持って突っ立っている男のそばへ。そして、ひょいとそれごと頂戴ちょうだいし、中から紙幣しへいを一枚取って、むなしく空いた男の手のひらに乗せた。


「はい、どうもね。これは新しい帽子代だ、とっといてくれ。」


 ギルは仲間たちを振り返ると、すぐに店の出入口へと歩き出した。面倒なことになる前に、さっさとこの場を去るに限る。


 そのギルに続いてリューイも店を出たが、ミーアがいるため、レッドは一度テーブル席へと戻った。


 ことの成り行きをしっかり見ていたカイルは小声で、「・・・皇子様だよね?」


 レッドの顔がいぶかしげになる。

「今度はそっちの方が怪しくなってきたぞ・・・。」


 一方、同じように一部始終を見物していたシャナイアの表情は、「ざまあみろよ。」とでもいったふうだ。


 シャナイアはスッと席を立った。

「お会計済ませてくるわね。」


「さあ行こう。」


 エミリオも急かすようにそう言って、ミーアを素早く抱き上げた。連中が我に返る前に、姿を消しておかなければならない。


 こうして町の不良から上手く切り抜けた一行は、あの状況で大した問題も起こさず、無事に店を出ることができた。


 しかし外へ出ても、やはりこの町の暗く沈んだ異様な雰囲気は変わらない・・・。


 また嫌な気持ちになりながら、一行いっこうはそのまま、町の北部と中心部を結んでいる商店街に出た。この町の特産物や、この土地で収穫できる野菜や果物が、いくつもあるテントの下に置かれてある。編みかごにてんこ盛りに積み上げられているもの、たるの中にあふれんばかりに詰め込まれているもの、それに、いぐさのゴザには所狭しに並んでいる。セージやローズマリーなど香辛料を売る店、ワインやラム酒などのほか、強い酒も豊富に扱う店もある。多種多様で豊か、出し物には贅沢ぜいたくといってもいいほどで、何一つ文句はない。食品ばかりでなく、陶器とうきやガラス細工、衣類や雑貨といった商品のどれもこれも、目がくエミリオやギルが感心する質の良さ。


 だが、どうしても一つだけ気に入らないことがある。


 この居心地の悪さといったらどうだ・・・。


「売る気はあるのか?」

 レッドは顔をしかめ、そう小声でつぶやいた。


 商人という商人が呼び込む声一つ発せず、店の出し物をうつろに眺めて、ただ呆然としているのである。陰気で、威勢いせいの悪いことといったらなかった。


 リューイは勝手に仲間たちから離れると、テントの一つに入って行った。全く目立っていない、小さな手作り菓子の店である。


ばあさん、これ何のお菓子? 味見ある?」 

 リューイは明るい声で、角ばった焼き菓子を指差して言った。


 ところが、その店の老婆ろうばは冷ややかな視線をくれてきた。そして黙っている。


「じゃあ・・・売ってくれ。」


 嫌なら言えばいいのに、という気持ちでリューイは言い直したが、やはり返事はなく、腰をかがめて菓子を指差したまま、そのうちにらめっこのようになってしまった。


 やっと老婆が口を開いてくれたのは、そのあとリューイのそばへとやってきた一行を、老婆が目にした時だ。


「あんたさん、旅のお人かね。」


「ああ。今日初めてここへ来たんだ。」


「そうかい・・・よりにもよってこんな日に。」


「え、なに? 聞こえない。」

 あとの言葉がよく聞き取れなかったので、リューイはきき返した。


「ああ気にしないでおくれ。」

 老婆はぎこちない微笑を浮かべた。


「悪いことをしてしまったね。それはさくらんぼの実を混ぜ込んだ焼き菓子だよ。どうぞ味見していってちょうだいな。」


「あ・・・ああ。」


 そんな妙な様子が気になりながらも、リューイは、老婆が取り皿に入れてくれた中から一つをいただいた。


 その老婆は、同じようにそれを欲しがったカイルとミーアにも、この時は愛想よく味見を勧めていた。怪訝けげんそうに顔を曇らせているリューイに見つめられながら。その気持ちのせいでリューイはよく味わうことができなかったが、カイルとミーアが美味しいと喜んだので、シャナイアが菓子の袋詰めを一つ購入して、一行はその店を離れた。


 しかし道へ戻っても、商店街は相変わらずの沈みようである。いつまでももやもやした気分のまま、彼らはその通りを歩いた。


 すると、どうしたことか。


 ある時、道沿いに並んでいる出店の店員たちが、示し合わせたように次々と立ち上がったのだ。そして売り物やら道具を、店舗自体を黙々と片付け始めた。


「あら、一斉に店を閉めだしたわ。まだ昼過ぎだっていうのに。」


「見ろよ、それだけじゃないぜ。」

 首を回して背後にも目を向けたレッドが、顔をしかめてそう言った。


 建物という建物、そして通りという通りの角から人々がぞろぞろと出てきて、繁華街でありながら人気もまばらだったこの大通りを埋め尽くし、そろって一方向へ進み始めたのである。大人や老人ばかりだが、誰も彼もが蒼白な面持ちで、足取りも重い。まるで亡者もうじゃ行列だ。


 リューイは眉根まゆねを寄せ、「どいつもこいつも、死人みたいな顔してやがる・・・。」


 一行は道の真ん中に佇む障害物となっていた。


 気になって仕方がないカイルは、自分たちをけてすれ違っていく一人に手を伸ばし、「すみません、どこへ行くんですか。」と、問うてみた。


 しかし、その人は何も答えず、無表情で軽く頭を下げて行ってしまった。


「妙だな。」

 低い声でギルが言った。


 カイルは、今度は、手を合わせながら歩いている老人にも声をかけてみる。


「あの、これから何をしに?」


「神のご加護を乞いに。」


「え・・・。」


 その人は意味深にひと言そう答えただけで、またよろよろと歩きだした。


 エミリオは仲間たちを順ぐりに見た。

「気になるかい。」


 エミリオも例外ではなかったが、彼らの面上にはあからさまに〝すごく知りたい。〟と、そう書かれてある。


「興味もあるな。」


 ギルが答えると、ほかの者たちもそろって強くうなずいた。


 そうして一行は、この亡者行列の最後尾に加わった。









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