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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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白亜の街  ニルス



 ニルスは、古代の堅牢けんろうな城壁をめぐらしている円形都市である。古代には王族が暮らす居城があったが、長い歴史の中で当時の世襲君主が根底からくつがえされて、この町の古い城館は、役場や図書館などの複合公共施設となった。


 この時代の都市には、すでに水道と下水、それに街路などの都市基盤設備が整い、郵便、浴場、情報局、図書館、そして教育や医療などの公共施設が、確かな管理体制のもと計画的に備えられているものだったが、ニルスもその例に漏れず、空間が秩序ちつじょ化された美しい白い街だ。腕のいい職人がそろう町としても有名である。そのおかげで、見事に整備された白い石畳いしだたみの街路、急峻きゅうしゅんな斜面にあっても、しっかりと建っている数々の建築物。さらには白い神殿が一体となって、息を呑むような壮麗な景観を呈している。


 リューイやミーアなどは、物珍しそうにきょろきょろし、口を開けっぱなしで歩いていた。


「これが白亜の街とうたわれるゆえんか。」

 ギルが言った。


 街門をくぐった一行が目にし、印象を受けたのは、なぜかそういった建築物に関することばかり。人通りが異常に少ないのである。ほかの町に見られる活気が、まるで感じられない。


 何かがおかしかった。


 景観の華やかさとは裏腹に、この町の空気はどんよりと重かった。


 一行は、胸にそんなわだかまりを抱いたまま、とりあえず適当な料理店に落ち着いた。漆喰しっくい上塗うわぬりした石造りの壁に、洒落しゃれた壁画が描かれている。店の品格はいいし、待遇も悪くない。だが、どうにも居心地がよくなかった。やはり、ここでも雰囲気がおかしいからだ。


 陰気・・・とにかく暗いの一言に尽きる。


 客はみな沈鬱ちんうつな顔でのろのろと料理を食べ、同じテーブルを囲む仲間がいても、その連れ同士の会話すらままならない様子・・・。


 食べる手を止めて、チラッと肩越しに見たカイルは、「何か食べづらい・・・静か過ぎて。」と、声を潜めて言った。


 一行いっこうはもうほとんど食事を終えていたが、それは誰もが思っていたことだ。


「妙に沈んでるわ。」

 シャナイアも怪訝けげんそうにうなずいた。


 だがレッドは、「いや、そうでもないぜ。」と言って、店の片隅かたすみあごをしゃくってみせる。


「ああ、こっち見て何かニヤニヤしてる奴らだろ。」

 リューイは今にもその挑発に乗りそうな顔。


 そこには若者の集団がいた。しかしその誰もが、とても人が良さそうには見えない風貌ふうぼうをしている。椅子の背もたれに腕を掛けて締まりのない顔を向けてくる者、薄笑いを浮かべてテーブルに頬杖を付いている者など、現に態度も悪い。そうして、一行を不躾ぶしつけに眺め回しているのである。しかもその連中は、この店を勝手に賭博とばく場に変えてしまったようだ。


 だが一行は相手にせず、食事を続けた。牙を剥き出しそうなリューイをレッドがなだめて。


 ところが、こちらが気付いたと分かると、連中の一人が席を立った。男は真っ直ぐに近づいてくる。ニヤニヤ笑いを浮かべたままでだ。


 こうなると、レッド、リューイ、そしてシャナイアの三人は顔をしかめ、上目遣うわめづかいに男をにらみつける。だが男は、お構いなしに一行を見回すと、至って冷静な二人のうち、ギルの方に声をかけた。


「よお兄ちゃんたち、ずいぶん金持ってそうじゃねえか。向こうでちょっと遊んでいかないか。」


「俺は構わんが連れがいるからな。」


 ギルが落ち着き払って答えると、男は手に隠し持っていたナイフをキラリと光らせ、テーブルのど真ん中目掛けて、それを振り下ろした。


 ギルはまゆを動かし、それからため息をついた。どちらにせよ、店の前で待ち構えて喝上かつあげしようという気らしい。仲間を痛い目に遭わせたくなければ・・・というわけか。ギルはそう理解すると同時に、いかにも手強てごわそうなレッドを見ても強気でいられるとは、命知らずな奴らだと、呆れるよりむしろ感心した。それに、取っ組み合いとなれば、レッドよりも恐ろしい男がいることに気付いていないのは、最もあわれだった。


 しかもその喧嘩けんかっ早い恐ろしい男は、この時にはもう腰を上げている。


 男はそのリューイには目もくれず、「なあ、ちょっとくらいいいだろ。」と、さらに挑発し、おまけに不適な笑みを浮かべたのである。


「こいつ・・・。」


 そうつぶやいて腕を動かしかけたリューイの胸の前に、ちょうど隣の席についていたギルの手が伸びてきた。リューイは男の胸倉をつかむどころか、早くも一発お見舞いしてやろうという気でいたところだ。


 無言でリューイを制したギルは、テーブルに突き刺さっている男のナイフを引き抜くと、少しそれを見つめた。


 そして突然、ほがらかにこう口にした。

「種類は何?」


 急に人懐ひとなつっこさを見せたギルに、男は面食らったようだった。が、ふっと笑みを漏らして答えた。

「カードだ。」


 これを聞くと、ギルは、店内に入ってきた時にたまたま見つけた、あるものに目を向けた。そこで今、一つひらめいてしまったのだが、しばらく思案してから仲間たちに言った。


「ちょっと遊んできてもいいかな。」


 仲間たちは呆気あっけにとられた。だが何か考えがあるのだろうという気もしたので、やにわに反対する者はいなかった。ただ、うなずく者もいなかった。レッドやシャナイア、それにカイルは困惑して目を見合った。そして、示し合わせたようにエミリオに注目する。エミリオは、肩をすくってみせた。


「負けた分は体で(働いて)返してもらうぞ。」と、レッドが言った。


「ああ、いくらでも。」


「話の分かる兄ちゃんだ。」

 男はギルを手招いて店の奥へと誘い、背中を返した。








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