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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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新たな気持ちで



 エミリオはまだ去り行く者たち見送っていたが、ギルの方では、どうしようもないという思いからすでに一つ決断していて、仲間へ伝える言葉も決めていた。すぐ背後にいるはずのその仲間たちからは、このあいだ何の言葉もない。ただ、ひどく動揺しているだろうその視線が痛くもあり、悲しくもあった。


 それでギルは、肩越しに振り向いて苦笑した。

「レドリー・カーフェイ・・・数年前にも会ったな。」


「ギルベルト・・・皇太子殿下。」


「昔の話だ。」


「何・・・言って・・・。」

 レッドは、今さらながら言葉遣いに戸惑った。


「嘘ついて悪かった。この通り、あいつはまさしく、エルファラム帝国のエミリオ皇子。そして俺は、アルバドル帝国の第一皇子ギルベルト。だが、かつては・・・だ。」


 レッド、リューイ、シャナイアの三人は、それに無言で視線を交わし合った。特に、レッドとシャナイアの二人は、かつてないほど困惑しきっていた。カイル一人だけはもう割り切っていて、この三人がどういう反応をするのかと黙ってうかがっている。


「うそ・・・やだ・・・どうしよう。」と、シャナイアが立ち直れないままに小声でつぶやいた。


「まあ・・・別にいいんじゃないか。昔の話なら。」と、リューイ。


「お前は事の重大さがよく分かってないから、そんなことが言えるんだ。そんな簡単に昔の話にできるか。」


 三人は横一列に並んで頭を寄せ合い、こそこそ話を始めた。エミリオについては何となく理解もできるが、ギルの方は、何を考えて今ここにいるのか、さっぱりだった。二人が親友のように一緒にいたということも不思議なら、何もかも、こんなおかしなことはない。


 だが・・・もう誰も、何を追及する気にもならなかった。多少詮索(せんさく)したレッドでさえも。


 そして思い返してみる。二人と過ごした日々のことを・・・あまりにも自然で、楽しかった。いつの間にか仲間意識が出来上がっていた。この一件がなければ、そのままいい関係を築いていただろう。


 それなら・・・。


 レッドは、思いきって自身に言い聞かせた。この事実を忘れよう・・・。一緒にいられる限りは対等に付き合っていきたい。帝国の皇子という事実は衝撃的だが、二人の人間性に惹かれ始めていた今は、それができるような気がした。


 レッドだけでなく、誰もがそう思った。


「対等に付き合えて、楽しかったよ。仲間ができて嬉しかった。これ以上ない仲間たちだ。だが、もう・・・無理だろうな。二人で喜んでいたところだったが・・・やりにくいだろ?俺たちは行くよ。」ギルはエミリオを促して、一緒に背中を向けた。「ありがとな。」


「ちょっと、待・・・てよ。」あわてて呼び止めたレッドは、一呼吸おいて気持ちを落ち着けると、はっきりとこう言った。「エミリオ、ギル、町はそっちじゃない。」


「俺、ずっと腹減ってんだ。」と、リューイ。


「お昼食べに行くわよ。」


「別行動とられちゃ困る。」と、レッド。


「それより、いなくなられたら困るって、さっきから言ってるのにっ。」カイルがわめいた。「僕たちはただの仲間じゃないんだよ。いい加減に自覚してよ。」


「チーズケーキが食べたい。」

 そう言ったミーアは、無邪気にレッドの上着を引っ張った。


「ちゃんと飯食ったらな。」

 レッドは、ミーアをひょいと片腕で抱きかかえた。


 何事もなかったかのような顔と、そして、いつも通りの会話・・・不意に、いつもの空気に戻った。


「いいのか。」


「さっきのは解決したろ。まだ何か問題でもあるのか。」

 平然とした顔でレッドが答えた。


 ギルはエミリオと目を見合って、ふっと笑った。


「逆にすっきりしたよ。実はどうしても可能性を完全に否定できなくてな。試したこともあったんだ。」


「だろうな。」


「皇子でもあんな冗談が言えるんだな。」


「言っておくが、嘘ばかりついてたわけじゃないぞ。夜遊びはほんとの話だ。」


「そこは確実に冗談だろ⁉」


「疑うなら、今度納得(なっとく)のいく話を教えてやるよ。」


「だいたい、皇子ってなに。」

 話に聞いていて知ってはいるが、そういうものという感覚しかないリューイが問うた。


「ただの肩書きだ。」と、ギルがひと言。


「肩書きって?」


「とにかく、もう何でもいいんだよ。」

 レッドは言いながら、ミーアを抱いたまま歩きだした。


「そうだな、どうでもいいか。」

 リューイはこだわりもせず、またいい加減に覚えて終わった。


 いつもの軽妙な会話に、ギルもエミリオも心を和ませた。そして、胸のつかえが取れた今、本当の仲間を得た嬉しさを素直に噛みしめた。


 目を見合った二人の顔から、清々《すがすが》しい笑みが零れる。


 見ると、山のふもとに横たわるニルスの街は、叢雲むらくも隙間すきまから下りてきた陽光に照らされて、輝いている。その壮麗な白亜の街を目指して、一行は再び山道を下り始めた。


 新たな気持ちで。








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