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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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ささやかな呪術



 注目を浴びながら地面に座ったカイルは、目の前にただの小石を置いた。少しうつむいて、両腕を高く差し伸べる。虚空こくうを見つめる時と同様に、呪術の構えだ。とにかく、こうなると、カイルの甘いマスクは一変して凛々《りり》しくなる。


 それから、例によって、腕や指先をなめらかに動かし始めたカイルは、抑揚よくようのない静かな声で呪文なるものを唱え、風の精霊を呼び寄せ始めた。


 すると、間もなくそよ風がおとずれた。


 異様な風だった。これまでは風が吹いてもすっと吹き過ぎていたのに、それが急に止まない風に変わったのである。


 そんな中、シャナイアが驚愕きょうがくしてつぶやいた。

「空気が・・・。」


 誰もが目を大きくしていた。さらには、どこからともなくただよってきた、淡い紫色のきりのようなものに、カイルが取り巻かれているのである。無害のようだが、それは精霊使いの少年が起こした超常現象。


 その中でゆっくりと顔を上げたカイルは、なにか確認するように周りを少し見て、それから呪文を別の種に変えた。そして、次に手のひらで小石を覆った瞬間、まるで手品のようなことが起こった。それが質を失って、中がうっすらと透けて見えたのである。


 その間にも紫の霧は次第につながり、薄いレースのようになって舞い続けている。


 呪術による作業は淡々と進められている。


 ほかの者から見れば怪しい動きで、カイルは、今度は両手の指先を合わせた。そしてそれを、硝子玉ガラスだまのようになった小石の上にかざした。空中を漂っている薄紫のおびは、指先で作られた輪を通り抜け、小石の中へと吸い込まれていく。


「あ・・・。」

 思わず、エミリオは声を漏らした。


 もとはただの石ころだった。それをカイルは、見事な薄紫色の宝石に、まるで、エミリオが持つ精霊石そのものに変化させたのだ。


 暗殺部隊の男たちもみな仰天して、一様にあんぐりと口を開けている。


 こうして、ささやかな呪術は終了した。


 立ち上がったカイルは、精霊石の偽物をエミリオに見せて、ほほ笑んだ。

「どう?」


 エミリオは声もなくそれを見つめていたが、やがて、震える手を動かして受け取った。そしてまだ不安そうに、ギルの顔をうかがう。


 大丈夫・・・。ギルは、そんな声が聞こえてきそうな笑顔で、大きくうなずいてみせた。


 エミリオがそれを手放すのは、彼がこの世を去る時以外にないと、彼を知る者になら誰にだって分かるだろう。カイルの言葉を信じて、上手く偽装できるはず。


 エミリオは、そばで呆然ぼうぜんとたたずんでいる隊長に歩み寄り、その手を取った。そして、薄紫に染まった小石をしっかりと握らせる。さらにその手を自分の両手で覆った。


「あの家のご主人・・・彼のおかげで生き延びたこの命、もう私だけのものではないのだ。だが、皇子としての一切を葬った。エミリオ・ルークウル・ユリウス・エルファラムという名の男は、とうにこの世から消えている。」


 隊長は目頭めがしらが熱くなり、思わず空いている方の手を重ねて、さらに力強く握り返していた。


「殿下を心からおしたいし、尊敬しておりました。いえ、今でもこの先も生涯ずっと・・・。」


「誠に辛い思いをさせた・・・だが、私のことは忘れて欲しい。そして、ランセル皇太子に忠誠を。彼には、いかなる時も自信を持つようにと。己の心に耳をかたむけるようにと、一言そう伝えてはくれないか。私からの遺言だと。」


「・・・かしこまりました。必ずお伝え申し上げます。」

 隊長はそうけ合って、部下たちに退散する意を目で伝えた。

「それでは・・・どうかお達者で。」


 隊長はうやうやしく一礼し、続いて敬礼したその部下たちも、名残なごり惜しそうに背中を向けた。


 彼らは、ようやく解放された気でいた。自身も、臣民の誰もが敬愛するエミリオ皇子を手にかける・・・その不名誉な任務から。無論、まだ安心はできないが、生きた心地がしないほど疲弊ひへいした無意味な日々は終わった、と思いたかった。


 やがて、辺りは元のおだやかな静けさを取り戻した・・・が、空気が違った。


 同時に、新たな問題が生じてしまったからである。


 早くも、エミリオとギルの正体が仲間に知られてしまったのだ。









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