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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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エミリオとギルの正体



「去れ。やみきれぬあやまちを犯す前に。」


 威厳あふれるしぶい声。今までとは、まるで違う・・・大国アルバドルのギルベルト皇子。そしてその背後には・・・エルファラム帝国の・・・エミリオ皇子。


 レッドは唖然あぜんと立ちつくした。リューイとシャナイアも口を開けたまま停止している。カイルの頭は、何が一体どうなっているのか理解しかねて壊れてしまった。


 一方、刺客しかくたちもざわついていた。信じられない衝撃の中で、まだ疑念と困惑がおさまらないでいる様子。


 このすきにギルの背後からそっと離れたエミリオは、いきなり背中を返して獣道けものみちへと走りだした。


 ほとんど条件反射で、刺客の何人かが反応した。


「逃げるな、エミリオ!」

 動いた刺客を一瞬で制したギルは、背後の足音に向かってそう怒鳴りつけた。


 エミリオは思わず立ちすくむ。だが、振り向きはしなかった。


 ギルには理解しがたいことだったが、事情はどうであれ、エミリオが皇宮から逃れてきたというその状況だけなら、少しは分かった気がした。


「まだこんな愚行を続けるつもりなら、俺が黙ってはいないぞ。」

 視線は男たちに向けているそのまま、次の言葉は後ろに向かってギルは言った。

「いいのか、エミリオ。エルファラムの兵士なら、どうせ俺にとっては敵だ。」


 俺が黙っていない、どうせ敵・・・。つまり、このまま逃げ出したエミリオをまだ追いかけようものなら、エミリオにとっては命を狙われていようとにくむことなどできない者たちを、容赦なく殺害する・・・。ギルはそう宣告したのである。その声はあくまで重々しく、本気でそうしてしまいかねない口調だった。


 エミリオは振り向き、今やアルバドルの英雄に戻っているギルと、もはや覚悟を決めてそんな相手にでも立ち向かおうとしている刺客たちを見た。


 そのうちにも先に剣を振りかざしたのは刺客の方だ。


 しかし、その攻撃はあっさりとはじき返され、その威力で数歩よろめいた刺客の男は、あわてて身構えた。大剣を構えたギルベルト皇子が、次の瞬間、足元を蹴るのを見たからだ。


 そのギルは、実は本気ではなかった。考えがあった。


 エミリオは孤立無援で皇宮から逃れてきた。暗殺を命じた者は、十中八九、皇室の誰かだ。となれば、恐らくエミリオ皇子をよく知る者。エミリオが反撃に出られないことをきっと予想している。恐らく、あの肩の傷がその証拠。ならば、わざわざ軍の手練てだれを仕向けて、国の戦力を落とすようなことはしないだろう。そう踏んだギルには、暗殺部隊の戦闘能力は格下だという自信があった。


 だから無駄死にするだけだと分からせ、あきらめさせる。


 もう一人ではないこと。例えエミリオが観念したとしても、今はそれを承知しない仲間がいること。そして、その仲間の強さがとうてい敵わないことを思い知らせて。


 そのためには、エミリオに、本気で止めに来させなければならない。エミリオとの実力は互角だ。太刀打たちうちできない戦いを目の前で見せつければ、じゅうぶん分からせることができるはず。


 エミリオは、必ずかばいにくる。

 ギルは、わざと行動を遅らせた。エミリオが来るのを待った。

 エミリオが剣のつかに手をかけた。


 そのまま来い!  


 そして狙い通りに、一撃は阻止された。


「この者たちをあやめてはならぬ・・・この通りだ。」


 ギルが振るった大剣と十文字じゅうもんじに剣を合わせたまま、エミリオは悲痛な声で言った。


 ギルは、やいばの後ろにある辛そうな表情のエミリオを見つめ、刺客の男の方は、張り裂けそうな胸の痛みに耐えながら、その背中を見つめた。殿下は、自分を狙う暗殺者を救ったのである。


 ギルは剣を引くことなく逆に力をこめると、思い切りエミリオを押しのけて怒鳴った。


「エミリオ、そこをどけ!」


 聞かずにすぐさま体勢を立て直したエミリオは、なおもギルの振るう剣を受け止め続けた。


「待たれよ、この者たちは違うのだ。」


「何が違う。なぜ庇う。お前を殺すために追いかけてきた刺客しかくだろう。」


「だが、みな苦しんでいる。命令に背けないだけだ。」


「どんな事情があろうと、こんなことが続けば、お前はきっと自害することになる。」


 エミリオから剣を奪うつもりで、ギルは渾身こんしんの力を叩き付け、それにエミリオも本気で対抗した。かつて馬上で渡り合い決着が付かなかった二人は、今は地上で再び剣を交え合いながら再確認していた。相手の強さを。


 一方、もはや突っ立って傍観ぼうかんしているレッドは、さらなる衝撃を受けていた。あの世紀の対決を間近で直視しているのだから無理もなかった。アイアスの自分でさえも、割り込むにはかなりの覚悟がいるほど高度な剣のぶつけ合い。これほどの大剣使いはそうなかなかいるものではないのに、威力も技も身ごなしもほぼ互角。この剣豪けんごう同士の迫力は、幾多いくたの戦場を渡り歩いてきたレッドでも、思わず圧倒されて言葉を失うものだった。こんな姿を見せられては、もうどんな冗談をその口から聞かされても、別人とは思えないだろう。


 ガシッ! 


 そして、再び剣がガチリと合わさったその時、やいばの向こうに見えるギルの厳しい目をまっすぐに見つめ返しながら、エミリオはゆっくりと首を振った。


「ならぬ・・・この通りだ。」








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