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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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刺客



 カイルは日差しがやや弱まったのを感じて空を見上げた。いつの間にか上空を雲が覆い始め、太陽がかすんで見えている。


 そんな雲行きが少し気になりながらも、一行は歩調を速めることもなく、ニルスの町へと向かっている。


 前を歩いているエミリオは、地図を見せて欲しいとカイルに頼んでいた。常に道の確認を怠らないうえ、問題が起こらないよう旅の行程まで考えようとしている。


 エミリオとギルは最年長ということもあり、早くもリーダー的存在として、仲間たちからすっかり頼られるようになっていた。ほかの者からしてみれば、この二人は妙に物知りなのである。しかも冷静沈着で、よく頭が回る。さらに行動的頼もしさを望むならギル、頭脳的慎重さを求めるならエミリオであることにも、誰もがすぐに気付いた。そんな対照的な二人だが、いつでも自然と上手く意見を合わし、最善のプランを立ててくれる。そういうわけで、ほかの者はみな安心しきって、彼ら二人にリーダー的役割を任せるようになった。


 ずっとミーアと仲良く手をつなぎ合っているシャナイアは、森のあらゆるものに興味がわいて、あれこれとよく喋るミーアの話に、優しくあいづちを打っていた。こうして物静かにほほ笑んでさえいれば、まるで美の女神アーナスクインそのものを思わせるが、実はその長いスカートに隠れた腿には、細い刃物が四本仕込まれてあるベルトを付けているという。なにしろ、もともと彼女は細剣さいけんたくみに操る戦士だった。


 そんなシャナイアにミーアはすっかりなついて、甘えていた。彼女なら、ずっとミーアが恋しがっていた ―― 母や侍女たちの ―― 温もりに近いものを感じさせてやることができる。これからは、添い寝をせがむ相手はシャナイアになるだろうと予感しつつ、レッドは嬉しそうなミーアの様子に顔をほころばせた。


 ところが、その笑顔が一変した。


 急に表情を変えたレッドの視線は、抜かりなく辺りに向けられている。すでに、ギルとリューイも。無論、カイルの胸の前に手を伸ばして、立ち止まったエミリオの表情も険しい。


 殺気だ・・・しかも多勢。


 リューイはサッと身構え、ほか三人はそれぞれ愛用の剣に手を忍ばせた。ほんのわずかに遅れて気付いたシャナイアも、すぐさまミーアを背後にかばっている。


「うわっ⁉」

 カイルが悲鳴を上げて飛びのいた。


 それらはすぐに現われ、一行の行く手をはばんだのである。


 ギルやレッドは、その集団を冷静に見澄みすました。


 だが、よく出くわす盗賊のたぐいなどではなかった。違いはあれど、全員が戦闘服といえるものに身を固めている。その動きに確かな規律が感じられることから、傭兵ようへいだとも思えなかった。


 そう分析している二人は、一人青くなったエミリオには気づかなかった。それに、狙いはカイルだとすぐに判断していた。例のマデラスランの使者が、今度はどこの組織を手懐てなずけることに成功したのか、性懲しょうこりもなくまた仕向けてきた誘拐犯だと思った。


 ところが、男たちが何も言わないうちに突如とつじょ襲いかかった相手は、なんとエミリオ。


 予想外のことに訳が分からず、ギルもレッドも、そしてリューイも、思わず動きを止めた。だが、すぐに気を取り直した。とにかく、戦いはもう始まっているのだ。


 辛い記憶と罪悪感が、一瞬で驚きから引きずり上げた。剣を抜いたエミリオは素早く白刃をかいくぐり、仲間たちから離れていった。彼らの標的は分かっている。


 ここで殺されるわけにはいかない・・・もう、無駄に死ぬわけには。


 剣を構え直したエミリオは、堂々と相手の集団と向かい合った。それから順ぐりに鋭い目を向け、ため息をついた。


 エミリオは、無理に声を押し出すようにして、言った。

「私はもう、そなた達の手にかかるわけにはいかないのだ。分かるだろう。」


 重々しく響いたその一言は、すぐさま加勢に入ろうとした三人の足を再び止めた。


 成り行きではなく、狙われているのはエミリオだ・・・!


 一方、刺客しかくたちもしばらく躊躇していたが、やがて思い切って動いた一人が、大上段に剣を振り上げた。


 エミリオはひらりと飛びのいて、その一撃を躱した。攻撃は連鎖的に次々としかけられる。エミリオはそれらを巧みにけ、無駄だと分かりながらも説得を続けた。また逃げ出す機会をうかがいながら。


 するとついに、かれたように振りかぶった最初の一人、中でも隊長とおぼしきその男がこう叫んだのである。


「私どもには、皇子をほうむる以外に・・・!」と。


「皇子っ⁉」

 カイルの頭中はパニックにおちいった。


 しかしこの男の一撃は、稲妻のような動きで突き出された第三者の剣によって、簡単に受け流された。


 次の瞬間、その男は声もなく、強張った顔で石像のように固まってしまった。忌まわしい任務に憑かれて、エミリオ皇子以外の者には目がいかなかったのだ。 


 奇妙に辺りが静まりかえった。


 やっと我に返ったその男は、動揺を抑えて、そばにいる者たちに何ごとか話した。

「・・・アルバドル帝国・・・。」


 とたんに、それを聞き取った彼らの中から、思わず口にしたような声が上がった。


「ギルベルト皇太子・・・!」


「皇太子っ⁉」と、またカイルのすっとんきょうな声。


 そしてレッドやリューイ、シャナイアもまた驚愕きょうがくした。


 ギルベルト皇太子ことギルは、否定もせず、むしろ、まさにそうだという貫禄かんろくを放っているのである。








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