よろしく
それで、レッドはきいてみた。
「相手って?」
「ヒョウとか。」
「は?冗談だろ。」
「なんで?」
「なんでって・・・そいつは猛獣だろ。」
「猛獣?ああそうらしいな。けど友達だ。」
レッドはこれ以上ついていけないと思い、質問するのを止めた。追及すればするほど、きっと延々とこんな調子を繰り返すことになるのだろう。
そうすると、今度は青年の方が、「ところで、この子はあんたの何?子供?」と、レッドに問うた。
「やっぱ・・・その方が自然か・・・。」
貫禄のせいか、実年齢よりも少々年上に見られがちのレッドは、ため息とともに額に手を当てる。
「違うのか?じゃあ妹?」
レッドは、淡々と問いかけてくる彼を見つめて、やや思案した。そして、「いや・・・。」と答えて続けた。「そういうことにしている。」
「・・・何かわけがありそうだな。」
レッドは苦笑で応えた。
「けど、じゃあ何で俺に?」
「なぜかな。あんたには隠す必要がないような・・・そんな気がするんだ。」
「じゃあ・・・聞いてもいいのか?そのわけ。」
レッドは青年の澄んだ青い目を見て、それからミーアを見下ろした。
レッドは、「そうだな・・・。」とうなずいて、やがて語り始めた。この少女との出会いから、二人で国を出てくるまでの経緯を。
太陽は、レッドが先ほど確認した時よりも、だいぶ西に傾いていた。
「この子が・・・コウシャクレイジョウ?」青年は目を丸くして、ミーアを見た。「えっと・・・とにかく、その国の中で一番 偉い人の子供ってことだよな。」
「ああ、正確にはトルクメイ公国の君主の子供だが・・・まあ、そういうことだ。」
「あんたも大胆だな。そんな大事なお嬢様をかっさらってくるなんて。」
「かっさらったんじゃねえって。かっさらわされたんだ。」
言葉のわりには、相変わらずの淡々とした口調で会話を続ける彼のペースに、レッドも思わず引き込まれていた。
「で、いつまで続けるつもりだ。」
「東の安全な国々を適当に回って、ごくさりげなく帰るつもりだ。このお嬢ちゃんにバレないようにな。」
「なるほど・・・。」
大陸の東では、強国エルファラム帝国とアルバドル帝国が戦ったヘルクトロイの大合戦以後、大きな戦争など起きることなく落ち着いている。
中央地帯にある国々も、東に倣って資源を奪い合うのではなく、良心的に取り引きして平和を維持しようという動きが活発になりつつある。
対して、大陸の西側は激戦の地と言われていた。
そこは北西のノースエドリース、西のミドルエドリース、南西のサウスエドリースの三つの地域から成り、まとめてエドリースと一言で呼ばれる土地である。そこでは未だに狂気じみた戦いが繰り広げられているという噂で、実際、傭兵であるレッドも、その土地で多くの仕事に就いた経験があった。
「けど、最初は早く帰らせることばかり考えていた。だが、次第に考えが変わってきてな・・・今はこの旅で、こいつのやりたいことを、最初で最後の冒険を思いっきりさせてやりたいんだ。それに、もっと多くのことを教えてやりたいし、見せてやりたい。今のトルクメイ公国は平和で、人々はみな生き生きと輝いているが、世の中には糊口をしのぎやっとの思いで暮らしている人もいるという、そういう現実も含めていろんなことを。」
これには、しみじみと耳を傾けていた青年の胸に、そしてレッドの胸にも、互いにこうしているうちに、まるでずっと以前から知り合いだったような、妙な親近感が湧いてきていた。
ただ、青年にはレッドの話の中に分からない部分もあったが、何となく意味は理解できた。
そして、青年の中に何かが芽生えた。
「その冒険・・・俺も付き合っていいかな。」と、青年は言った。
「え・・・。」
「あんたと一緒にいたら、俺にも気付くことがいろいろあるような気がするんだ。何となくだけど・・・何か分かったような気がする。」
今のレッドにとってそれは少しも構いはしなかったが、ただ一つ・・・この青年の頭の中身は正常か?という不安だけはあった。
しかし、このただ者でない美青年の正体を知りたいという並々ならぬ興味と、この青年がまともなら、一緒にいてくれた方が何かと好都合なこともあるだろうと考えて、快く頷いてみせた。少しは気を抜いて眠ることもできる。
「決まりだな。」
青年は、人懐っこい笑顔と共に右手を差し伸べた。
「俺はリューイ・ウェスト。」
金髪 碧眼には似合わない名前だな・・・と思いつつ、レッドは笑顔でその手をとった。
「俺はレッド。レドリー・カーフェイだ、よろしくな。で、こいつはさっき言った通りだ。ミーアって呼んでやってくれ。俺はレッドでいいから。」
そうして、二人は固い握手を交し合った。
「さっきの神話、こいつにも聞かせてやってくれ。そういうの好きだからさ。」
もっとも、もっとロマンチックに語れと注文をつけられるだろうが。
その時、ミーアの瞼が震えたことに、リューイの方が先に気付いた。
「起きそうだぞ。」
そして、ぼんやりと目を覚ましたミーアを、レッドはいきなり「コラッ。」と一喝。
驚いて飛び起きたミーアは、うつむいて、おずおずとレッドの顔色を窺うかがう。
「いい子の約束は?」
「ごめんなさい。」
ミーアは素直に謝り、しゅんと肩を竦めてみせた。
今はもう、涼しい風が吹きだしていた。それは湖からのものではなく、空気自体が心地良い涼気へと変わっていたのである。
そろそろ出発してもいい頃だ。
三人は、湧き水を汲んでじゅうぶんに水分を補給すると、北へ向かって歩きだした。優しい向かい風を受けながら。
しかし、これからどんどん低下してくる気温の厳しさまでは、避けることはできない。
この森を抜ければ、数日にわたる荒寥たる原野が遠くまで広がっているはず。その中で寒風が身にしみる夜を迎えなければならなかった。