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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第6章  白亜の街の悲話  〈 Ⅲ〉  
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伝説と運命



 遠泳でとっくにゴールしたリューイは、子供のように嬉しそうな勝ちほこった笑顔で、今やっと水中から顔を上げたレッドを迎えた。


「ああ参った。」

 レッドは完敗といったため息をついて、腰に手を当てた。


「お前、遅いな。」


「お前が速すぎるんだ。」


 リューイはおよそ一キロの距離を少しの疲れも見せず、信じられない超人的スピードで泳ぎきったのである。それも当然だろう。リューイが育ったのは、イルカや熱帯魚が泳ぎ回るオルフェ海沿岸の秘境アースリーヴェ。海の近くで野性的にたくましく育てば、自然と泳ぎっぷりも超一流になる。


「毎日泳いでたからな。」


「俺も故郷が大河の近くだったから泳ぎには自信があったが、お前がやることは何もかも人間(わざ)じゃない。」


 レッドは水の滴る前髪を両腕で掻き上げ、水平線まで広がる湖と、その上に立ち昇る雄大な積乱雲せきらんうんを眺めた。その隣で、リューイも濡れた金髪を片手でさっと掻き流しながら、遥か遠くに目をやった。


 なぜか考え事をしてしまう、そんな静かな景色を二人は肩を並べて眺めた。


「ところでさ・・・。」リューイは遠景からレッドの横顔に目を向けた。「あの町まで、もうすぐなわけだろ? お前、このまま、みんなと一緒に旅を続ける気にはなれたのか。確か、旅をしながら考えるって言ってたろ。で、考えたのか?」


 あの町・・・そう。ヴェネッサまで、あと少しで帰り着く。目的 ―― 神々の中心なる人物を見つけ出す ―― を果たしたカイルを、無事にそこまで送り届けることができれば、ひとまず恩を返したことにはなる。


 しばらく言葉が出てこなかったレッドは、考えがまとまらないままに、リューイのその目を見つめ返した。


「お前は、どう思う。」

「どうって・・・何が。」

「この関係っていうか・・・あっさり離れられるか? 今さら。」


 離れられるか・・・ときかれて、リューイは回想していた。共に歩き、共に眠り、共に食事をして、そして共に戦った、悲しみも分かち合った、今そばにいるそんな仲間たちのことを。しかも、その誰もが実に魅力的で、これまで年のかけ離れた一人の老人と、話すことができない動物たちとしか深く関わることが無かったリューイにとって、この毎日が刺激的だった。特に、リサでの一件で、知り合ってまだ間もないというのに、いっきにきずなが深まった気がしていた。


「俺は・・・楽しいよ。上手く言えないけど、みんなといると居心地がいいし、わくわくするし、笑えるしな。じいさんやあいつらのことは大好きだけど、人間の友達って、こんなにいいものなんだって知った。俺はまだみんなと一緒にいたいけど・・・お前が抜けるなら・・・。」


「いや、お前が俺に付き合うことはないし、俺も・・・。」


 レッドは言い淀んだ。大陸を滅亡から救う・・・それはいつのことなのか。そして、そんな日は本当に来るのか。そんな途方もない話に本気で付き合えるほど、本来は気楽ではいられないレッドにとって、このまま、この仲間たちと一緒にいることは、賭けも同然になる。ミーアをいつまでも誘拐しているわけにはいかなかった。


「最初、俺たちは、カイルのじいさんに言われた通りに旅をして、すぐにエミリオに・・・神々の中心とやらに会うことができたよな。それだけじゃない。カイルが求めているのは十人。そのうちの七人、いや、八人がもうそろっているわけだろう? あと二人。ヴェネッサに戻ったら、またカイルのじいさんから指示があるかもしれない。それなら、せめてカイルが会いたがっている全員に会えるまでは、俺もこのまま、もう少し旅を続けてみようか・・・。先の見えない話なら付き合ってやれないが。」


 実際、先が見えてるんだかどうだか・・・と思いながらも、レッドはそう言って言葉を続けた。


「俺も気になるんだ。アルタクティス伝説ってやつが。最初は馬鹿げてるとも思ったものだが、バルカ・サリ砂漠で、そして、リサの村やシオンの森で、あいつを知るにつれて、自然とあいつの言うことを受け入れ始めている自分がいる。もし俺たちのそれぞれが本当にその一人であるなら、その伝説はもう始まってるんだな・・・。だったら、俺やお前も簡単に抜けるわけにはいかないもんな。」


 最後は冗談の口ぶりだった。レッドはふっと笑い、リューイも微妙な笑みを返した。


「だから、もし俺とミーアが抜けるようなことになっても、お前はカイルといてやってくれ。きっと、その方が、お前も目的を果たせるだろう。」


「レッド・・・。」


 二人がそう話をしていると、不意に後ろで水飛沫(しぶき)が上がる音が聞こえた。反射的に振り向いてみれば、大きな黒いものが近付いてくる。今まで森の中で自由に過ごしていたキースが、リューイの匂いを嗅ぎつけ、その姿を見つけて、水の中へと飛び込んだらしい。


 キースはさも気持ち良さそうに、二人の回りをたくみに泳ぎ回っている。レッドにしてみれば異様な光景だ。


「キースも喜んでる。」

 リューイはそう言って笑った。


「確かに、この毛皮は気の毒だ。」

「こいつ、泳ぎは得意なんだ。足で掻くだけじゃあないんだぜ。」

「はっ⁉」

「イルカみたいにも泳げるんだ。体をくねらせて。」

「また面白い冗談だろ。」

「じゃあ見てみろよ。ほら、もぐることだってできる。」


 するとキースは、水中からレッドの右手に顔を出した。なるほど。


 そのことに驚嘆きょうたんしていたレッドは、それからふと、思い出したというように岸辺を見た。


「それにしても遅いな・・・。あいつめ、もう昼になっちまうじゃないか。」


「腹減った。」


 森の木々の間に目を凝らして、リューイもそうぼやいた。








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