不気味な予感
「たまらん。」
首を仰け反らせたレッドの口から、気の抜けた力無い声。
「死にそう。」
カイルも、まるで気力無しといった腑抜け面をしている。
「情けねえなあ二人とも。これくらいの熱さで。」
「よく言うぜ。」
レッドは、目が虚ろのリューイに言い返した。
「お前は南国も南国育ちだろ。なんだ、その今にも吐きそうな顔は。」
「服が暑いんだ。リーヴェ ※ も蒸し暑いけど、好きに裸でいられたぞ。ちょっとくらい脱がせてくれ。」
「またシャナイアに叱られるぞ。」
リサの村でのこと。リューイは風呂上りに着替えもせず、服を鷲づかみにしたままタオルを腰に巻くのではなく、肩に掛けて登場することがままあった。最初は驚いて目を逸らしたシャナイアだったが、三度目からは呆れてしまい、その度に母親のような口調で堂々とリューイを叱るようになったのである。
三人は樫の森に立ち込めるむっとした草いきれに、今にも倒れそうな様子。喘ぐように呼吸をし、足取りも重い。カイルなどは、ほとんど千鳥足で斜めに歩きだす始末。
「こらガキ、どこへ行く。」
「あっ!」
方向感覚を失って勝手な道を行くカイルを、レッドが呼び止めたとたん、カイルがいきなり叫んで座りこんだ。
レッドとリューイは顔を見合わせる。
「とうとう吐いたかな。」
介抱してやろうと、リューイはカイルに近寄った。そして手を差し伸べ、頭の上から顔を覗き込んだ。
「おい、大丈 ―― 」
「これはっ!」
「ふがっ⁉」
急に立ち上がったカイルのおかげで、リューイはまともに頭突きのアッパーを食らう羽目に。リューイは顎を押さえて呻き、レッドが腹を抱えて大笑いしたが、カイルはもぎ取った野草を眺めて、嬉しそうに瞳を煌めかせている。紫色の花びらを付けた、塊根植物だ。
「ほらこれ、塊根を乾燥させて適量で使うと解毒剤になるんだよ。ただし、本来は毒性の強い植物だから、安易に触れないようにね。」
触れるなと言っておきながら、カイルは二人の前にその植物を突き出して、無邪気にほほ笑んだ。
「寄るな小悪魔っ。」
レッドがわめいた。
リューイもぎょっとして、一歩引いた。
「仮に触った指を舐めても、少しくらいなら大丈夫だよ。食用と勘違いして食べたり、殺意をもって盛られない限り。」
カイルはそう言うと、急に湧いてきた意欲のおかげで暑さを忘れ、生き生きと叢に目を凝らし始めた。
「あ、これは!」
また何かに反応して、カイルが飛びつくようにしゃがみ込んだ。
「こっちにも!」
まるで野兎のように、カイルはぴょんぴょんとあちらこちらを飛び回りだした。どこにそんな元気が残っていたのかと、見ている方はほとほと呆れ返るばかりだ。だがそんな憎めない姿に、リューイは頭突きの件を許してやることにした。
カイルはすっくと立ち上がった。
「うわあ、ここ薬草の宝庫だ。取って来ようっと。」
カイルは軽快な足取りで、誘われるように道を外れて駆けていく。
「迷子になるなよ、坊や。」
レッドが声をあげて言った。
カイルはピタリと立ち止まり、憤然とした顔で振り返った。
「僕もうすぐ十七だよ、おじさんっ。」
そう言い返すと、カイルは背中を向けて走り去った。
「最近気になりだしたってのに・・・。」と、実年齢より年上に見られがちのレッドは、肩を落とした。
二人は森の細道へと叢をかき分けて戻り、単独行動に出たカイルは放っておいて、先に湖へ向かうことにした。
カイルは、二人が向かった先とは別の、かなり湖に近い場所で、せっせと薬草摘みに励んでいた。暑さにだらけていた時は、下よりは上ばかり見て歩いていたので気付かなかったが、よく注意して目を凝らせば、大木の根元や叢の中に隠れて、多種多様の薬草がふんだんに生えている。
薬剤師としての腕がなった。
「これは解熱、これは発汗、これは腰痛に効くんだよね。で、これは傷薬に使える・・・と。ああっ、強心薬みっけ!」
とても両手に抱えきれないので、カイルは脱いだ上着を手提げ代わりにしていた。すっかり夢中になって薬草集めに余念がないカイルは、妙な独り言に調子をつけて口ずさみながら、そのまま知らずと奥へ奥へ。
すると・・・だんだん気分が悪くなってきた。この感じには度々覚えがある・・・。
これは・・・呪い。
カイルは頭を上げ、顔をしかめて辺りを見まわした。視界一杯にどこまでも緑の自然が広がっている。何の変哲もない。カイルは振り向いて、今度は背後に目をやった。そちらには、木々を透かしてすぐ目の前に広大な湖がある。
カイルは首をかしげた。湖の方へ歩いて行き、何に遮られることもなく、それを見渡せる場所まで出てみた。そして、低い崖になった岸べりから少し身を乗り出して、崖下を覗きこんだ。だが注意深く目視で探ってみても、怪しいものは何もなく、どこから感じられるのかも特定できない。
カイルは湖を見つめた。数キロ離れた場所に小島があり、そこの鬱蒼と茂った木々から突き出している塔らしきものが数本見えるが、目ぼしいものはそれくらいだ。
「なんだろう・・・。」
そう眉をひそめたカイルは、薬草でいっぱいになった上着を抱えて、レッドとリューイがいる浅瀬へようやく足を向けた。
胸に、一抹の不安をも抱えたまま・・・。
※ リーヴェ・・・アースリーヴェの略。大陸最南端にあるジャングルの名称。リューイが育った野生の王国。