仲間の手
カイルはまたエミリオの胸にしがみつき、声を上げて泣いた。顔をわざと埋めているので声はくぐもっていたが、幼い子供のようにわあわあと泣きじゃくった。
衝動的に頭を撫でてやりながら、エミリオはただカイルが落ち着くのを待った。泣き疲れて声が小さくなるまで、少し時間がかかった。
カイルがゆっくりと顔を上げた。
涙に濡れた目で、カイルは、自分を支えてくれている者の顔を見た。エミリオのいつもどこか悲哀めいている瞳に、今は涙が滲んでいる。目に食い込んできたその表情には、心を溶かされるような思い遣りがあった。おかげでいくらか癒された気がしたが、笑って応えるには、まだ無理をしなければならなかった。まだやっと、ほかのものにも意識がいくようになっただけだ。
掻き回されてさざなみ打っていた水面は、カイルの鼓動が治まった時には、ぴたりと静止していた。くすんだ青緑色の陰鬱な沼は、今は明るい陽光がいっぱいに降り注いで、輝いていた。
エミリオにそっと背中を押されたカイルは、素直に従い、ようやく沼から足を上げた。だが項垂れたまま、フィアラの体があるところまで戻ってきた。カイルは、涙でぼやける目を擦り、のろのろと視線を上げてフィアラを見つめた。木漏れ日を浴びて大理石の彫刻のように真っ白なその顔は、醜い痣をもそうと思わせないほどに、美しい。
ギルは、そんなフィアラの遺体に目を向けた。死のきわで最期に残した表情は、何とも安らかで、この上なく穏やかだ・・・。
「しっかり受け止めてやれたか・・・彼女の精一杯の一言を。」
ギルは囁くように声をかけた。
全てが詰まった一言だったろう・・・と、ギルやエミリオは考えた。カイルの思い通りにはならなかったが、その気持ちは、カイルが悩みながらも時間を重ねたおかげで伝わっていた。本当は、彼女はもっと多くを伝えたかったに違いない。だから、せめてそれを言うために、あの時だけは必死に生きようとしたことを、もう逃げるように死を望んでいた彼女ではなかったことを、分かってやるべきだろう。
そんな思いからかけた言葉だったが、いちいち説明する必要はないと、ギルは、少女の傍らに今、膝を付いたカイルを見守った。少し収まりはしたようだが、その瞳からは、まだ涙が時折スッと零れ落ちた。
「あなたと出会えて、この子は救われたのね。立派よ。だからもう泣かないで。」
そこにいてカイルを迎えたシャナイアは、優しくほほ笑んだ。
むしろカイルの涙はまた溢れ出し、擦っても擦っても、拭いきれないようになってしまった。
するとカイルは、頭に手を回してきた誰かに、そのままぐいと引き寄せられた。カイルは反射的に目を向けて、自分と同じように涙を流しているリューイの横顔を見た。無言で、その視線もフィアラの顔に向けられたままだが、リューイは片腕でしっかり抱擁してくれる。されるままにカイルは凭れかかり、リューイの脇の下で嗚咽した。
そうして、しばらく無気力でいたカイルは、いきなりレッドに顎をつかまれた。
「お前の笑顔を待ってる奴らもいるんだぞ。」
そしてカイルは、沼の水ですすいできたらしいレッドの赤い布で、顔から血と涙を擦り取ってもらった。レッドは困ったように微笑した。それでカイルは、下唇を噛んで泣くのを堪えた。
「よし。ほら、次は立って。彼女をこのままにしておくつもりか。」
そのあとリューイに背中を叩かれ、しおれたカイルはふらふらと立ち上がった。
「綺麗な顔してるわ、この子。なのに・・・こんな痣気にして。」
少女の変色した頬に優しく触れて、シャナイアは言った。
カイルは離れがたくて、ひたすらフィアラを見つめた。長くそうしていると、ともすればまた息をふき返し、目を開けてくれるような気にさえなった。一度など、仲間たちが見ている前で、無意識にフィアラの頬を軽く叩いたこともあった・・・が、気がおかしくなることはなかった。彼女に触れた時、その表情は、人形のように全く変わる気配がしなかった。完全な亡骸・・・カイルは正気を失うことなく、その事実をしっかりと受け止めたのである。
カイルは、よろよろと後ずさった。一緒に立ち上がっていたレッドが肩を支えてやり、リューイが手を伸ばしてフィアラの遺体を抱き上げた。
彼らは、通り抜けるのが困難な緑のトンネルとは違う道から、フィアラを村へと連れて行った。彼女をきちんと弔ってもらうために。
仲間たちと一緒に背中を返しかけたギルは、ふと振り返った。そして、そこにあったのは知っていたが、たいして存在感のなかったものに目を留めた。空の籠を拾い上げたシャナイアでさえ、なぜか気にすることのなかったものだ。
それは・・・。
ギルは一人戻って、それを拾い上げた。瞬間、息が詰まるほど、ひどく痛切な気持ちになった。そこに認めたものに、やはり・・・と思い。
ギルはそれを持って、仲間のあとを追った。
あの子は、きっとこれを欲しがるだろう。