表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
164/587

仲間の手



 カイルはまたエミリオの胸にしがみつき、声を上げて泣いた。顔をわざとうずめているので声はくぐもっていたが、幼い子供のようにわあわあと泣きじゃくった。


 衝動しょうどう的に頭をでてやりながら、エミリオはただカイルが落ち着くのを待った。泣き疲れて声が小さくなるまで、少し時間がかかった。


 カイルがゆっくりと顔を上げた。


 涙に濡れた目で、カイルは、自分を支えてくれている者の顔を見た。エミリオのいつもどこか悲哀ひあいめいている瞳に、今は涙が滲んでいる。目に食い込んできたその表情には、心をかされるような思い遣りがあった。おかげでいくらかいやされた気がしたが、笑って応えるには、まだ無理をしなければならなかった。まだやっと、ほかのものにも意識がいくようになっただけだ。


 き回されてさざなみ打っていた水面は、カイルの鼓動こどうが治まった時には、ぴたりと静止していた。くすんだ青緑あおみどり色の陰鬱いんうつな沼は、今は明るい陽光がいっぱいに降り注いで、輝いていた。


 エミリオにそっと背中を押されたカイルは、素直に従い、ようやく沼から足を上げた。だが項垂うなだれたまま、フィアラの体があるところまで戻ってきた。カイルは、涙でぼやける目をこすり、のろのろと視線を上げてフィアラを見つめた。木漏こもれ日を浴びて大理石の彫刻のように真っ白なその顔は、みにくあざをもそうと思わせないほどに、美しい。


 ギルは、そんなフィアラの遺体に目を向けた。死のきわで最期さいごに残した表情は、何とも安らかで、この上なくおだやかだ・・・。


「しっかり受け止めてやれたか・・・彼女の精一杯の一言を。」

 ギルは囁くように声をかけた。


 全てが詰まった一言だったろう・・・と、ギルやエミリオは考えた。カイルの思い通りにはならなかったが、その気持ちは、カイルが悩みながらも時間を重ねたおかげで伝わっていた。本当は、彼女はもっと多くを伝えたかったに違いない。だから、せめてそれを言うために、あの時だけは必死に生きようとしたことを、もう逃げるように死を望んでいた彼女ではなかったことを、分かってやるべきだろう。


 そんな思いからかけた言葉だったが、いちいち説明する必要はないと、ギルは、少女のかたわらに今、膝を付いたカイルを見守った。少し収まりはしたようだが、その瞳からは、まだ涙が時折おきおりスッとこぼれ落ちた。


「あなたと出会えて、この子は救われたのね。立派よ。だからもう泣かないで。」

 そこにいてカイルを迎えたシャナイアは、優しくほほ笑んだ。


 むしろカイルの涙はまたあふれ出し、こすっても擦っても、ぬぐいきれないようになってしまった。


 するとカイルは、頭に手を回してきた誰かに、そのままぐいと引き寄せられた。カイルは反射的に目を向けて、自分と同じように涙を流しているリューイの横顔を見た。無言で、その視線もフィアラの顔に向けられたままだが、リューイは片腕でしっかり抱擁ほうようしてくれる。されるままにカイルはもたれかかり、リューイの脇の下で嗚咽おえつした。


 そうして、しばらく無気力でいたカイルは、いきなりレッドにあごをつかまれた。


「お前の笑顔を待ってる奴らもいるんだぞ。」


 そしてカイルは、沼の水ですすいできたらしいレッドの赤い布で、顔から血と涙をこすり取ってもらった。レッドは困ったように微笑した。それでカイルは、下唇を噛んで泣くのをこらえた。


「よし。ほら、次は立って。彼女をこのままにしておくつもりか。」


 そのあとリューイに背中をたたかれ、しおれたカイルはふらふらと立ち上がった。


「綺麗な顔してるわ、この子。なのに・・・こんなあざ気にして。」

 少女の変色したほおに優しく触れて、シャナイアは言った。


 カイルは離れがたくて、ひたすらフィアラを見つめた。長くそうしていると、ともすればまた息をふき返し、目を開けてくれるような気にさえなった。一度など、仲間たちが見ている前で、無意識にフィアラの頬を軽く叩いたこともあった・・・が、気がおかしくなることはなかった。彼女に触れた時、その表情は、人形のように全く変わる気配がしなかった。完全な亡骸なきがら・・・カイルは正気を失うことなく、その事実をしっかりと受け止めたのである。


 カイルは、よろよろと後ずさった。一緒に立ち上がっていたレッドが肩を支えてやり、リューイが手を伸ばしてフィアラの遺体を抱き上げた。


 彼らは、通り抜けるのが困難な緑のトンネルとは違う道から、フィアラを村へと連れて行った。彼女をきちんととむらってもらうために。


 仲間たちと一緒に背中を返しかけたギルは、ふと振り返った。そして、そこにあったのは知っていたが、たいして存在感のなかったものに目を留めた。空のかごを拾い上げたシャナイアでさえ、なぜか気にすることのなかったものだ。  

   

 それは・・・。


 ギルは一人戻って、それを拾い上げた。瞬間、息が詰まるほど、ひどく痛切な気持ちになった。そこに認めたものに、やはり・・・と思い。


 ギルはそれを持って、仲間のあとを追った。


 あの子は、きっとこれを欲しがるだろう。








評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ