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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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尾行



 カイルは軽快に草原を進んでいた。その胸は自信と期待と、きっとそうなるという意気込みで高鳴っていたので、歩調は増して早くなった。ずいぶん距離を置いてあとを追っている者たちは、ただでさえそれをするには困難な体調にあるものを、おかげでふらつく足を無理に速めなければならなくなった。


 尾行は、彼ららしくない気の緩んだものだったが、相手が、霊や精霊の気配ではなく、人のそれとなるとまったく鈍感どんかんであるのを知っていたし、カイルの方でもよい予感に気を取られていたので、そんな思いもよらないことには感づきさえもしない。


 村のいいところをたくさん教えてあげよう。みんなの暖かい心を上手く伝えるんだ。それができたら、きっとフィアラの心は動く。そうだ、フィアラがすぐに馴染なじめるように、夕べの後夜祭のこととか、もっといろんなことを教えてあげなきゃあ。


 カイルはズボンのすそまくり上げ、エール川のゆるやかな水流を横切って、高くなった向こう岸にい上がった。


 間もなく、あとを追う者たちも同じ川にさしかかった。


 綺麗な水を目にするなり、レッドは、助かったとばかりにバシャバシャと顔にかけた。エミリオやギルも、冷たい水をすくい上げて顔を洗った。リューイなどは、川の中へ直接 顔面を突っ込んでいる。


 じれったいと、先に靴を脱いで待っていたシャナイア。

「さあ行くわよ。」と、悠長ゆうちょうな男たちをかして、スカートをき上げた。


 すると、はりきって川べりに立ったシャナイアの体は、突然ひょいと誰かにすくい上げられ、水流の上へ。


 ギルだった。ギルはいもめてきてやっと元気になったところで、軽々とシャナイアを抱き上げたのだ。


「せっかくの美しいおみ足が汚れてしまいます、お嬢様。」


 本人はおふざけのつもりでも、ギルはまた相手が簡単に落ちてしまいそうな微笑を向け、セリフをついた。シャナイアは逆にムッとなってしまった。


「いいこと、私の足にはね、屈辱の名残なごりがはっきりあるの。これまでさんざんひどい目にあわせてきたから、もう手遅れなのよ。」


 その傷痕きずあとのことは、レッドも見ていて知っている。見ていてというのは、実際に傷口を。それは一緒に戦った戦場で負ったものだからだ。


 対岸に着くと、ギルはシャナイアを草の上に座らせ、自分は素早く足がかりを見つけて岸に上がった。その時には、ほかの者はすでに川を渡りきっていた。


 カイルは森へ入って行った。もうすっかり道を把握はあくしていて、そのひと足ひと足はとどこおりなく進み続ける。尾行している者たちは、丈高たけたかい木々の隙間すきまから陽光が降り注ぐ、曲がりくねった小道をついて行った。


 不意にカイルが立ち止まった。そして、木の枝に生っている野生の果実を、どうしたのか悲しそうに見上げている。


 ここにおいてはおけない・・・。まず、衰弱した体に抵抗力をつけさせなきゃあ。それから数日安静にして、病気のことや、皆とどう接していけばいいのかを説明して・・・。


 一方、あせった追跡者たちは、葉を茂らせた巨木の陰に小枝をかすめて飛び込んだ。そしてそのまま、気付かれないよう息をころした。


「お前らなあ・・・。」と、そこでシャナイアを横目に見ながら、レッドは呆れ口調で、「そういえば、夕べもこうやってこそこそ覗き見てたろ。悪趣味だぞ。」


 エミリオとギルは目を見合ったが、シャナイアは動じなかった。


「今一緒になって尾行してるくせに、なに言ってるのよ。」


 リューイは笑いをこらえて鼻を鳴らした。

「出てきて、俺たちと励ましてやればよかったのに。」


 カイルが再び歩きだした。

 後をつけている者たちも慎重についていった。


 そうして、何となく湿気を感じるところに来ると、カイルの姿は、その先に見えるからみ合った草木のほらの中へ消えてしまった。


 もしやと思って見ていたが、そこを行くしかないと分かると、彼らは手前で躊躇ちゅうちょした。シャナイアはまだ問題ないが、見事に均整がとれているとはいえ、男たちはみな長身で体格もいい者ばかり。


 おかげで、誰もがその場にたたずんだまましばらくうなっていた・・・が・・・。


「フィアラッ!」


 突然あがったカイルの悲鳴が、いち早くエミリオにひざを付かせた。そのあとすぐシャナイアが続き、ギルとレッドも体をねじ曲げて、無理やり緑の洞の中を突き進んだ。リューイだけは待ちきれず、仲間たちがそうしている間に、信じられない速さで近くの巨木によじ登り始めた。


 そして、そこから抜け出るや否や、エミリオは、「いけない・・・。」とするどい声をもらし、シャナイアもまた、「ちょっと大変!」と叫んだ。


 二人の緊迫した声に、あとに続いていたギルとレッドは、そこかしこがり切れるのも構わず、強引に手足を動かして穴から転がり出る。枝から枝を渡っていたリューイも、レッドがい出したと同時に真横に降り立った。


 そして、いきなり目にしたものに驚いて足を止めた。








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