尾行
カイルは軽快に草原を進んでいた。その胸は自信と期待と、きっとそうなるという意気込みで高鳴っていたので、歩調は増して早くなった。ずいぶん距離を置いてあとを追っている者たちは、ただでさえそれをするには困難な体調にあるものを、おかげでふらつく足を無理に速めなければならなくなった。
尾行は、彼ららしくない気の緩んだものだったが、相手が、霊や精霊の気配ではなく、人のそれとなるとまったく鈍感であるのを知っていたし、カイルの方でもよい予感に気を取られていたので、そんな思いもよらないことには感づきさえもしない。
村のいいところをたくさん教えてあげよう。みんなの暖かい心を上手く伝えるんだ。それができたら、きっとフィアラの心は動く。そうだ、フィアラがすぐに馴染めるように、夕べの後夜祭のこととか、もっといろんなことを教えてあげなきゃあ。
カイルはズボンの裾を捲り上げ、エール川の緩やかな水流を横切って、高くなった向こう岸に這い上がった。
間もなく、あとを追う者たちも同じ川にさしかかった。
綺麗な水を目にするなり、レッドは、助かったとばかりにバシャバシャと顔にかけた。エミリオやギルも、冷たい水をすくい上げて顔を洗った。リューイなどは、川の中へ直接 顔面を突っ込んでいる。
じれったいと、先に靴を脱いで待っていたシャナイア。
「さあ行くわよ。」と、悠長な男たちを急かして、スカートを掻き上げた。
すると、はりきって川べりに立ったシャナイアの体は、突然ひょいと誰かにすくい上げられ、水流の上へ。
ギルだった。ギルは酔いも醒めてきてやっと元気になったところで、軽々とシャナイアを抱き上げたのだ。
「せっかくの美しいおみ足が汚れてしまいます、お嬢様。」
本人はおふざけのつもりでも、ギルはまた相手が簡単に落ちてしまいそうな微笑を向け、セリフをついた。シャナイアは逆にムッとなってしまった。
「いいこと、私の足にはね、屈辱の名残がはっきりあるの。これまでさんざん酷い目にあわせてきたから、もう手遅れなのよ。」
その傷痕のことは、レッドも見ていて知っている。見ていてというのは、実際に傷口を。それは一緒に戦った戦場で負ったものだからだ。
対岸に着くと、ギルはシャナイアを草の上に座らせ、自分は素早く足がかりを見つけて岸に上がった。その時には、ほかの者はすでに川を渡りきっていた。
カイルは森へ入って行った。もうすっかり道を把握していて、そのひと足ひと足は滞りなく進み続ける。尾行している者たちは、丈高い木々の隙間から陽光が降り注ぐ、曲がりくねった小道をついて行った。
不意にカイルが立ち止まった。そして、木の枝に生っている野生の果実を、どうしたのか悲しそうに見上げている。
ここにおいてはおけない・・・。まず、衰弱した体に抵抗力をつけさせなきゃあ。それから数日安静にして、病気のことや、皆とどう接していけばいいのかを説明して・・・。
一方、焦った追跡者たちは、葉を茂らせた巨木の陰に小枝をかすめて飛び込んだ。そしてそのまま、気付かれないよう息をころした。
「お前らなあ・・・。」と、そこでシャナイアを横目に見ながら、レッドは呆れ口調で、「そういえば、夕べもこうやってこそこそ覗き見てたろ。悪趣味だぞ。」
エミリオとギルは目を見合ったが、シャナイアは動じなかった。
「今一緒になって尾行してるくせに、なに言ってるのよ。」
リューイは笑いを堪えて鼻を鳴らした。
「出てきて、俺たちと励ましてやればよかったのに。」
カイルが再び歩きだした。
後をつけている者たちも慎重についていった。
そうして、何となく湿気を感じるところに来ると、カイルの姿は、その先に見える絡み合った草木の洞の中へ消えてしまった。
もしやと思って見ていたが、そこを行くしかないと分かると、彼らは手前で躊躇した。シャナイアはまだ問題ないが、見事に均整がとれているとはいえ、男たちはみな長身で体格もいい者ばかり。
おかげで、誰もがその場に佇んだまましばらく唸っていた・・・が・・・。
「フィアラッ!」
突然あがったカイルの悲鳴が、いち早くエミリオに膝を付かせた。そのあとすぐシャナイアが続き、ギルとレッドも体をねじ曲げて、無理やり緑の洞の中を突き進んだ。リューイだけは待ちきれず、仲間たちがそうしている間に、信じられない速さで近くの巨木によじ登り始めた。
そして、そこから抜け出るや否や、エミリオは、「いけない・・・。」と鋭い声をもらし、シャナイアもまた、「ちょっと大変!」と叫んだ。
二人の緊迫した声に、あとに続いていたギルとレッドは、そこかしこが擦り切れるのも構わず、強引に手足を動かして穴から転がり出る。枝から枝を渡っていたリューイも、レッドが這い出したと同時に真横に降り立った。
そして、いきなり目にしたものに驚いて足を止めた。