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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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生きることの意義



 素直になれば、二人が隣にいてくれるだけで、不思議と少しいやされた。おかげで気持ちを落ち着けることができた時、視線は地面に向けられたままだったが、カイルは弱々しく語りだした。


 一通り聞き終えるまでは、レッドもリューイも、何も言わずに耳をかたむけている。そのひどく苦悩している横顔を見ていると、胸が締めつけられていくようだった。そのうえ、切ない風がひゅうひゅうと吹きつけてくる。離れた場所では、まだ後夜祭の真っただ中で盛り上がっていたが、聞こえてくるさわがしい声々が、実際あるところよりもずいぶん遠くに感じられた。


「なるほどな・・・苦しくても、辛くても・・・ってわけか。」

 兄のように肩を抱いてやったレッドは、きりのいいところで悲しげに言った。

 

「触診してみたら・・・やっぱり、かなり悪化してた。もう・・・助からない。ちゃんと治療を受けながら養生すれば、何年かは生き延びられるけど・・・今のままじゃあ、発作ほっさを起こしたらいつ死んでもおかしくない。」


「みんなに避けられるって・・・どういう病気なんだ。」

 リューイがきいた。


「血液感染する病気。だけど、普通はどこの病院でも適切な処置ができる、医者の間ではよく知られてるやまいだよ。確かに注意は必要だけど、お互い傷のない肌で触れ合ったり、キスだって、ひたいほおにする分には何の問題もない。だから、怖がられるのも無理はないけど・・・たとえ感染しても、早期に処置をすれば完治させることだってできる。だけど彼女は・・・病体にはあまりにも苛酷な野宿暮らしの中で、放っておきすぎた。それに栄養失調や心の病が病気を促して・・・僕の力じゃあ・・・もう命を延ばしてあげることしかできない。それでも・・・ちゃんとした治療を受ければもっと生きられるのに・・・。」


 カイルは唇を噛んだ。


「あんなに苦しがってるのに、そばにいるのに何もさせてもらえない。」


 レッドは、カイルの肩を握る手に力を込めた。声が次第に高揚こうようしてきたからだ。


 そうされて、カイルも肩の力を抜き、ゆっくりと息を吐き出した。


「彼女は僕の薬は飲まないよ。どんどん身体が侵されて、そのまま自然に果てるのを待ってる。一心に思い続けて。」


 リューイは重いため息をつきながら星空を見上げた。


「風に・・・か。」


「違う、彼女は孤独から解放されたがってるだけなんだ。」


 カイルはまた熱くなってそう言い、言葉を続けた。医師として。


「そうして死ぬことを美化すれば、気持ちは楽になるかもしれない。だけど、それだけ早く衰弱してしまう。」


「難しいな・・・どっちがいいんだろう。」と、リューイはつぶやいた。


 リューイは、どういう意味かと顔を向けてきたカイルに言った。


「その子が死ぬことを怖がらないのは、家族とか大切なものがもうそばに無いからなんじゃないか? でも、みんなと仲良くなって、友達ができたらどうだろう・・・。きっと、もっとみんなと一緒にいたいって思うよな。もう助からないなら、それって・・・可哀想じゃないか?」


「・・・でも・・・今のままも可哀想だよ。大切なものが無いから死んでもいいなんて、悲しすぎるよ。そんな気持ちのまま死にゆくなんて・・・。せめて、皆にけられたままじゃなくて、しまれてかせてあげたい。」


「・・・そうだな。」


 リューイは、これまでたいして考えたこともない〝 死 〟について思った自分の発言を、こうしてふと言ってしまったあとで、改めてよく考えてみた・・・ゾッとした・・・。怪我けがをした時などに、痛いとか苦しいものだと、漠然ばくぜんと想像したことならあった。


 だが今、不意に違うと気付いた。死ぬ・・・それは、寂しいことだと。寂しいということが、リューイは痛いよりも苦しいよりも怖いと感じた。


 だがそこで、そう思えるのは、幸せなことだとも教えられた気がした。それは、親しい者がいて、大切なものがあるということ。逆に生きていたら寂しいから死にたい、というその子は、カイルの言う通り、あまりにもあわれだと思った・・・。


「カイル・・・。」と、今度はレッドが静かに呼びかけて、言った。「お前は何を思って医者をやってる。ちゃんと教えてやったのか、生きることの意義や、せっかくある命をこのまま消しちまうなんて、惜しいことだって。お前のそれじゃあ、ただ一方的に無理やり手を引っ張るようなものだぞ。」


「生きることの意義って?」


「俺にきいてどうする。お前は医者だろうが。俺の方こそ教えてもらいたいくらいだ。」


 そうあきれたものの、レッドはしばらく思案して、言葉を探した。


「つまり、お前は・・・彼女を、このまま逃げるように死にゆくんじゃなく、皆の愛情に包まれながら、満足して逝かせてやりたいんだろう? せめて寂しい死に方をさせたくないわけだな。だから、つまりその、生きる意義ってのは・・・」


「イギって何。」


 実は苦手な説法じみたことを真面目に語っているというのに、リューイがまた面倒な質問を。


「内容とか価値って意味だ。まさか価値って何とかきくなよ。」


 カイルは、そんなレッドをただ見つめているばかりだったが、じっくりと考え、やがて自分なりの答えを出した。


「幸せに・・・なること?」と。


 これには上手く言い当てることができなかったレッド自身、納得のいく回答だと思った。それから満足そうに、安心してほほ笑んだ。さすがに、この少年はちゃんとした医者だ。


「まあ・・・生きる意義は人それぞれだろうけどな。それに、リューイが言うように、幸せになれば、今度は生きていたいと思うだろう。だが満足して逝けるなら、幸せに死ねるなら、死にゆく寂しさにもきっと勝るはずだ。それを分からせてやるのが先だろう。じゃないと、彼女は動かないぞ。」


 レッドの言葉には強く胸を打たれたが、カイルは黙って考え、自分に上手く伝えることができるだろうかと不安になり、また、すぐに気の利いたセリフが出てこない自分に嫌気がさして、今日一番の大きなため息をついた。


「カイル、その子の病気をよくしてやりたいってあせる気持ちも分かるが、まずは彼女を説得することから始めろ。村へ行ってみようかって気にさせてみろよ。」


「お前ならできるよ。」と、リューイも言った。「お前はきっと、何でも治しちまう医者だから。」


 カイルは、すっかりえていた自信が、心の奥からき水のように上がってくるのを感じた。不思議と、最も強く、今度こそという気になれた。


 カイルはやっと頬をゆるめて、兄のような二人の励ましに素直に応えた。








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