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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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歌姫と踊り子


 そこへ、娘たちの輪の中からレイラが立ち上がって、駆けてくるのが見えた。


「シャナイア、こっちへいらっしゃいよ。女同士で楽しくやりましょう。」


 レイラはシャナイアの腕を引っ張り、それからギルに向かって、「彼女を借りるわね。」とことわると、自分たちの場所へ連れて行ってしまった。


 夜の冷え込みは次第に厳しくなっていったが、もはやそれも感じられないほど、男たちは底抜けに浮かれていた。


 そんな中、ある時クレイグが角笛つのぶえを響かせると、村人たちは吸い寄せられるように足を向けた。何が始まるのか分からないままに、一行いっこうも同じように移動した。その先には、巨大な焚き火台がある。


 松明たいまつを握りしめているクレイグは、それを焚き台に投げ入れて点火。盛大に炎が燃え上がると気分も盛り上がり、余興が始まる。


 まずは、弦楽器げんがっきを持った男が、道化師どうけしさながらに炎の前へと飛び出した。だが打って変わって、かなでるのは静かな調べだ。その音が流れ出すと、どこからともなく聞こえてきた美しい歌声が、演奏者の曲と見事に調和した。優雅に立ち上がった長い髪の妖艶ようえんな美女は、決められた通りに炎の前へと歩み出る。歌姫うたひめの美声は風に運ばれ、星々の間をすり抜けて天にまで漂った。 


 そうして、潅木かんぼくの陰でひざを抱いているカイルのもとにも、綺麗な歌声はかすかながら届いた。それは痛いほど心にみてきた。なぐさめられているような、そんな気さえした。ぎゅっと膝を引き寄せたカイルは、膝頭ひざがしらに顔を付けて体を震わせた。


 レイラが歌い終えると、今度はまた、外套がいとうまとったいかにもひょうきんそうな男が現れた。そして突然、何もないところから不意に羽が出てくる手品をしてみせた。彼はそのあとも続けて数々の芸を披露し、一つ技を成功させる度に大きな拍手が送られた。


 陽気なうたげが延々と繰り広げられている。


 子供は子供同士で仲良く遊んでいたミーアも、今は久々にレッドの腰にしがみついて、もう半分眠りかかっていた。だいたいこの頃になると、疲れきった子供たちは一人また一人と毎年うたた寝だす。


 仲間たちから離れて別の場所にいたシャナイアが、何やら友人たちに乗せられて立ち上がるのが見えた。そうかと思うと、シャナイアは戻ってくるなり、エミリオの腕をつかんで言った。


「一曲、お願い。」


 そういうことか。だがエミリオは、申し訳なさそうに苦笑を浮かべる。


「すまない、置いてきてしまった。」


 それを聞いていたギルが、出番を終えた道化師から素早く弦楽器げんがっきを借りて、「エミリオ、こいつもいけるって言ってたな。」と、相棒に押しつけた。


 周りにいる酔っ払いが、さかんに手を打ち鳴らしてあおってきた。シャナイアにも引っ張られて、結局エミリオは、焚き火台のステージへと出ていくしかなくなってしまう。


 炎の熱が当たらない場所に腰を下ろして、渡された楽器を抱えたエミリオは、軽くシャナイアと打ち合わせをしたあと、少しつま弾いた。そして調弦をし、顔を上げてシャナイアにうなずいてみせる。


 眉目秀麗びもくしゅうれいな青年が曲を奏で、容姿端麗ようしたんれいな踊り子が舞いだすと、人々はたちまち息を呑んだ。


 夜風に髪をなびかせながら、エミリオは穏やかな表情で楽しい曲をかき鳴らしている。それには男でさえ見惚みとれるほどだったが、合わせて踊るシャナイアの姿はそれにも勝り、誰もの目に女神さながらに映った。


 シャナイアは、踊ると心底楽しくなれた。そうしてステージを存分に跳ね回り、心ゆくまで華麗な舞いを披露した。


「ああやってかせいでたのか。」


 リューイが思い出して言い、レッドがふと首をめぐらしてみると、そのリューイと、完全に眠りに落ちた子供たちを除いて、みな現実の世界を忘れたかのようになっていた。横にいるギルなど、今話しかけても反応しそうにない顔をしている。


 シャナイアを知らずにこの舞いを見れば、俺もきっとこうなっただろう。そのことに、レッドは思わず気づかされた。とはいえ、自分に対する普段の彼女の印象が強烈で、これを見ても相変わらず〝黙ってさえいればイイ女〟という見方しかできなかったが。








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