後夜祭
空は夕日が沈みゆくにつれて、オレンジから赤、そして紫へと色を変えていく。そしてそこに、今度は彼方まで続くどこまでも美しい星空の世界が広がる。
みなは杯を片手に、村長の言葉に静かに耳を傾けていた。
「古代の祭りは自然の恩恵に浴し、豊穣を祈るためのものじゃった。穀物や野菜、果物などの実りに、人間は絶えず自然を崇敬することを、感謝の念を忘れてはならぬ。祭りを通して人々は絆を確かめ、自身を見つめ直さねばならぬ。祭りとは、集団の絆を一層深いものにし・・・」
かつて牧師だった村長の声は、カイルの頭の中を素通りしていった。カイルは、村長が何を言っているかは聞き取れていたが、もはや、それに感動することなどできなくなっていた。
やがて村長による祝辞と教訓が終わり、集まった者たちは盛大に乾杯の声を上げ、互いの杯を派手にぶつけ合った。その瞬間、男たちは獣のように吼えた。
その喧騒に紛れてカイルはそっと暗闇へ向かい、潅木の陰に座った。そして、人々のたてる賑やかな声と音を遠くに聞いた。
そしてある時、何も聞こえなくなった・・・。
木の枝に吊るされたランプがいくつも並ぶ場所には、長い木製テーブルが何列にもなって並んでいる。まだまだ次々と運ばれてくる種類豊富な料理やデザートは、女たちが腕によりと時間をかけて着々と準備してきたものだ。そこには、この土地の郷土料理がふんだんにそろっていた。好きに取って立食するバイキング形式だが、女たちはすすんで給仕役を務めている。
バーベキューの鉄板の周りには、男たちが肉の焼き上がる最も美味い瞬間にありつこうと殺到していた。そこで肉やソーセージを焼いているのを、シャナイアも手伝っていた。そして焼き加減が頃合いになると、待ち構えている皿の中へ。
だが、そう忙しくしていても、ふと手が空けば背筋を伸ばして、遠くの暗闇に目を向けずにはいられなかった。
リューイは、片手に酒のボトルを持ったある農夫と話をしていた。その人はすっかり陽気になっていて、夜空を指差しながら、そこに見つけることのできる星座の数々を教えてくれる。リューイはそれに子供のように喜んで、それから故郷を懐かしんだ。リューイが育ったアースリーヴェの上空では、夜空を埋め尽くすほどの星が、どこよりも力強く輝く。よくキースやほかの仲間たちと一緒に眺めたものだと、リューイはしみじみと思い出した・・・が、ふと遠くの暗闇に目をやって、顔を曇らせた・・・。
レッドはユアンと杯を打ち合ってからは、彼と共にいた。もうほかの若者とも親しくなることができていたが、ユアンと話をすると不思議と心が休まるし、彼の人柄や雰囲気には引かれるものがあった。相棒はというと、子供のように首を仰け反らせてはしゃいでいるし・・・。
飲んでいても、ユアンは相変わらずもの静かな口調で話す。
「祭りは年に三回催すんだ。春などは、丘の向こうに色とりどりの花がまるで絨毯の模様のように広がって・・・ああ見せたいな、本当に素晴らしいんだ。」
ユアンはとてもいい表情で誇らしげに語っていて、レッドはそれに聞き入っていたが、その目を盗んで、時々、どうしても遠くの暗闇が気になった。
ギルは、村の若者たちとさかんに軽口をたたいていた。だがその合間に、遠くの暗闇へたびたび一瞥を投げていた。そばにいるエミリオなどは、そこへ視線を向けっぱなしである。
結局、しばらくして気付いた時には、馴染みの顔がそろっていた。
カイルだけが、その外にいる。
そのカイルは、明かりの届かない潅木の陰にそっと忍び込み、誰にも心配をかけないようにしようとした。しかし、それはまったくの無駄だった。ミーアでさえ、可愛い眉を悲しそうに顰めていたくらいなのだから。理由は分からなくても、元気がない・・・というのは、親しい仲なら幼子だって気付く。
シャナイアがクッキーの入った袋を手渡し、みんなに配ってあげてと頼むと、ミーアはのろのろと頷いて、子供たちが集まる方へ駆けて行った。
その姿を見送ってから、ギルのひと言。
「カイルは依然・・・あのままか。」
「ちょっとリューイ・・・あなた昨日何しに行ったの。」
ため息をつきながら、やはりシャナイアもそう言った。それから、持っていたハムやソーセージの盛り合わせを差し出した。
その大きな銀皿に、リューイはいきなり手を突っ込んだ。
「俺はもう知らね、一人で悩ませておいてやる。」
「そうだな。」と、レッドも淡々と口にした。
そんな二人を素直でないと呆れながら、エミリオも潅木の陰を見つめて一つため息。
「もうしばらく様子を見ようか。下手に気を使うと、かえって逆効果ということもありうるし。」
「まったくもう、なんてお馬鹿さんなんでしょう。あれじゃあ・・・」
「儀式で失敗したことで、落ち込んでいると思われるだろうな。」
シャナイアに続いて、ギルがそう言った。
度々立ち直りはしたものの、カイルが沈鬱になってから、かれこれ三日になる。
そこで、ギルが気を取り直して食にありつこうと手を伸ばすと、たんと盛られていたはずの皿の中身が、今見るとあっと驚くほど殺風景に・・・⁉ 犯人を見てみると、そのリューイの頬はまるで太ったリスのようだ。
「おい、明日から冬眠でもするつもりか。」
リューイは行儀悪く口をもぐもぐと動かしながら、むっつり黙っている。もう少し顔に見合う言動をしろと、ギルは思った。