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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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フィアラの病


 なぐさめられた気がして、フィアラは切ない笑みを浮かべた。


「いいの・・・怖いのは当然だもの。最初、あなたに言わなかったのは、あなたも離れてしまうんじゃないか・・・って思ったから。あなたがここにいるのはつかの間だから、その間は ―― 」


 思わず本音が出そうになって、フィアラはハッと息を止めた。それに続く言葉は、〝友達でいて欲しくて。〟だった。


 フィアラはその言葉を呑み込んだ。


「怖かったのよ。もう見たくないの。おびえられるのはもう・・・。」


 フィアラの唇は次第に震えだし、声は涙でくぐもっていった。

 カイルの瞳もやり切れなさでうるんでいた。


 やっぱり・・・寂しいんだ。そうだよね、僕だって耐えられない。人は一人きりじゃあ、絶対生きてなんていけないよ。だからきっと、フィアラは孤独から逃れたくて、でも自分では認めまいとして、それで必死に闘っていいように考えて、命が消えるまでを、そうして心をなだめながら生きていくつもりなんだ。もうほとんどそれにてっしてしまった心は、壁は、悲しみで塗り固められていて、僕には・・・高すぎる。


「ねえ・・・村へ行こう。やっぱり、このままはいけないよ。僕が、村の人たちにちゃんと分かってもらえるように説明するから。みんな、僕のことを優れた医者だって認めてくれてるんだ。だから大丈夫。君の病気もよくしてみせるよ。だから・・・だからお願い、僕にせて。」


 そう提案されても、フィアラはまた悲しそうにほほ笑んでみせただけだった。


「カイル・・・私の村の人たちはね、私がこんな顔になってからは、まともに目を見て話してくれなくなったのよ。視線をらすの。顔を見ないようにするのよ。こんな顔で、恐ろしい病気持ってて、そんな人と誰が親しくなりたいなんて思う? あなたのお友達だって、きっと嫌がるわ。」


「そんな人達じゃないよ!」この時ばかりは、カイルもついカッとなった。カイルはあわてて口を閉じ、一呼吸おいてから穏やかな声で言った。「ごめん・・・でも、僕の仲間は皆ほんとに優しくて、正義感が強くて・・・僕の自慢なんだ。君に会ってもらいたい。」


 これに続く沈黙は、ズシリと重かった。


 やがて、フィアラは済まなさそうにため息をつくと、それから言った。

「そうね・・・。あなたのお友達は、きっとあなたのような人ばかりなんでしょうね。私こそごめんなさい、カイル。でも、私 ―― っ。」


 カイルは驚いて目をみはった。 


 急に声を詰まらせたかと思うと、フィアラは胸に手を当てて、前のめりにかがみこんだのである。


「フィアラッ⁉」


 その顔はみるみる青ざめ、苦しそうにゆがんだ。


「僕に診せて!」

「ダ・・・ダメ、触らないで・・・。」


 カイルはフィアラの肩に手を回して体を支えたが、フィアラは無理に体をよじらせ、かたくなにこばもうとする。


「でもっ。」

「気にしないで、いつもの・・・発作よ。す、すぐに治まるわ。」


 フィアラはそう言うものの、声はひどく苦しそうで力無く、顔には脂汗あぶらあせが滲みだしている。


 ズボンのポケットに手を突っ込んだカイルは、三角に折った薬包紙やくほうしをつかんだ。


「無理しないで! 僕なら楽にしてあげられる。もっと生きられるよ!」


「それじゃあ・・・ダメなのよ。」


「嫌だよ、君を放っておけない! フィアラ、言うこと聞いて!」


「カイル、止めて・・・もう優しくしないで。」フィアラの頬を、ふとこぼれた涙が濡らした。「もういいの・・・お願いだから。」


 あえぎ喘ぎそう言うと、フィアラはそのまま倒れこんで動かなくなった。


 一瞬、カイルはあせった。魂は・・・大丈夫、抜け出さなかったことにホッとしつつ、カイルはフィアラの体を横たえて、脈や呼吸を確かめた。それから、勝手に触診しようと、フィアラの上着を少しまくり上げてみた。


 とたんに、愕然がくぜんとして固まった。脇腹のあたりを見つめるその表情は、みるみる深刻になっていく・・・。


 その部位は、所々変色していた。それに、いびつな形の黒紫くろむらさき色をしたあざができていた。だが初めは小さな斑点はんてんだったのだろう。それがいくつも広がりながらつながり、ついには大きな痣になった・・・。


 カイルは耐え切れなくなり、目を閉じた。だが少しして、そろそろと手を動かし、触診を始めた。一見でもおおよそ診断できたが、まずはその部位に触れ、そのまま肺の辺りへと移していき・・・唇を噛んで手を引っ込めた。 


 そして、ただ呆然ぼうぜんとフィアラの顔を見つめる・・・。


 カイルはそのまま、しばらく無気力になっていた。


 だが、どうにか気を取り直した。カイルはフィアラの頭をそっとかかえ上げると、口移しで薬を飲ませた。そうされてもフィアラの意識は戻らないままだが、上手く飲み下したのを認めたあと、また静かにその体を草地に横たえた。


 病状をまだ把握していなかったので、カイルは、とりあえず無難な成分だけで調合した発作止めを用意していた。これで、ひとまず今夜のところは苦しまずに済むはずだ。


 やがてカイルは弱々しく手を動かして、フィアラのひたいをなでるように汗をぬぐった。そうしているとたまらなく切なくなってきて、やるせなくて嗚咽おえつが漏れた。


 フィアラのそばにへたり込んだカイルは、涙に濡れた瞳を沼へ向けた。涼しい風が吹きぬけていき、そのせいで揺れる水面みなもを、カイルはただただ呆然と見つめる。それは涙のまくの向こうでチラチラと輝いていた。


 ある時、カイルはふとフィアラを見下ろし、そしてまた沼のある風景を眺める。


 カイルはフィアラの顔に血の気が戻るまでそうしていた。








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