フィアラの病
慰められた気がして、フィアラは切ない笑みを浮かべた。
「いいの・・・怖いのは当然だもの。最初、あなたに言わなかったのは、あなたも離れてしまうんじゃないか・・・って思ったから。あなたがここにいるのは束の間だから、その間は ―― 」
思わず本音が出そうになって、フィアラはハッと息を止めた。それに続く言葉は、〝友達でいて欲しくて。〟だった。
フィアラはその言葉を呑み込んだ。
「怖かったのよ。もう見たくないの。脅えられるのはもう・・・。」
フィアラの唇は次第に震えだし、声は涙でくぐもっていった。
カイルの瞳もやり切れなさで潤んでいた。
やっぱり・・・寂しいんだ。そうだよね、僕だって耐えられない。人は一人きりじゃあ、絶対生きてなんていけないよ。だからきっと、フィアラは孤独から逃れたくて、でも自分では認めまいとして、それで必死に闘っていいように考えて、命が消えるまでを、そうして心を宥めながら生きていくつもりなんだ。もうほとんどそれに徹してしまった心は、壁は、悲しみで塗り固められていて、僕には・・・高すぎる。
「ねえ・・・村へ行こう。やっぱり、このままはいけないよ。僕が、村の人たちにちゃんと分かってもらえるように説明するから。みんな、僕のことを優れた医者だって認めてくれてるんだ。だから大丈夫。君の病気もよくしてみせるよ。だから・・・だからお願い、僕に診せて。」
そう提案されても、フィアラはまた悲しそうにほほ笑んでみせただけだった。
「カイル・・・私の村の人たちはね、私がこんな顔になってからは、まともに目を見て話してくれなくなったのよ。視線を逸らすの。顔を見ないようにするのよ。こんな顔で、恐ろしい病気持ってて、そんな人と誰が親しくなりたいなんて思う? あなたのお友達だって、きっと嫌がるわ。」
「そんな人達じゃないよ!」この時ばかりは、カイルもついカッとなった。カイルはあわてて口を閉じ、一呼吸おいてから穏やかな声で言った。「ごめん・・・でも、僕の仲間は皆ほんとに優しくて、正義感が強くて・・・僕の自慢なんだ。君に会ってもらいたい。」
これに続く沈黙は、ズシリと重かった。
やがて、フィアラは済まなさそうにため息をつくと、それから言った。
「そうね・・・。あなたのお友達は、きっとあなたのような人ばかりなんでしょうね。私こそごめんなさい、カイル。でも、私 ―― っ。」
カイルは驚いて目をみはった。
急に声を詰まらせたかと思うと、フィアラは胸に手を当てて、前のめりに屈みこんだのである。
「フィアラッ⁉」
その顔はみるみる青ざめ、苦しそうに歪んだ。
「僕に診せて!」
「ダ・・・ダメ、触らないで・・・。」
カイルはフィアラの肩に手を回して体を支えたが、フィアラは無理に体をよじらせ、かたくなに拒もうとする。
「でもっ。」
「気にしないで、いつもの・・・発作よ。す、すぐに治まるわ。」
フィアラはそう言うものの、声はひどく苦しそうで力無く、顔には脂汗が滲みだしている。
ズボンのポケットに手を突っ込んだカイルは、三角に折った薬包紙をつかんだ。
「無理しないで! 僕なら楽にしてあげられる。もっと生きられるよ!」
「それじゃあ・・・ダメなのよ。」
「嫌だよ、君を放っておけない! フィアラ、言うこと聞いて!」
「カイル、止めて・・・もう優しくしないで。」フィアラの頬を、ふと零れた涙が濡らした。「もういいの・・・お願いだから。」
喘ぎ喘ぎそう言うと、フィアラはそのまま倒れこんで動かなくなった。
一瞬、カイルは焦った。魂は・・・大丈夫、抜け出さなかったことにホッとしつつ、カイルはフィアラの体を横たえて、脈や呼吸を確かめた。それから、勝手に触診しようと、フィアラの上着を少し捲り上げてみた。
とたんに、愕然として固まった。脇腹のあたりを見つめるその表情は、みるみる深刻になっていく・・・。
その部位は、所々変色していた。それに、いびつな形の黒紫色をした痣ができていた。だが初めは小さな斑点だったのだろう。それがいくつも広がりながら繋がり、ついには大きな痣になった・・・。
カイルは耐え切れなくなり、目を閉じた。だが少しして、そろそろと手を動かし、触診を始めた。一見でもおおよそ診断できたが、まずはその部位に触れ、そのまま肺の辺りへと移していき・・・唇を噛んで手を引っ込めた。
そして、ただ呆然とフィアラの顔を見つめる・・・。
カイルはそのまま、しばらく無気力になっていた。
だが、どうにか気を取り直した。カイルはフィアラの頭をそっと抱え上げると、口移しで薬を飲ませた。そうされてもフィアラの意識は戻らないままだが、上手く飲み下したのを認めたあと、また静かにその体を草地に横たえた。
病状をまだ把握していなかったので、カイルは、とりあえず無難な成分だけで調合した発作止めを用意していた。これで、ひとまず今夜のところは苦しまずに済むはずだ。
やがてカイルは弱々しく手を動かして、フィアラの額をなでるように汗を拭った。そうしているとたまらなく切なくなってきて、やるせなくて嗚咽が漏れた。
フィアラのそばにへたり込んだカイルは、涙に濡れた瞳を沼へ向けた。涼しい風が吹きぬけていき、そのせいで揺れる水面を、カイルはただただ呆然と見つめる。それは涙の膜の向こうでチラチラと輝いていた。
ある時、カイルはふとフィアラを見下ろし、そしてまた沼のある風景を眺める。
カイルはフィアラの顔に血の気が戻るまでそうしていた。