フィアラの願い
くすんだ青緑色の水面を、フィアラは一人きりで見つめていた。
あの人は来るかしら。いいえ、きっともう・・・。
フィアラは手元にあった小石をつまみ上げ、沼に投げ込んだ。
どうしてなの、どうしてこんなに悲しいの。もうすぐ願いが叶うんじゃない。そうよ、もうすぐ・・・願いが叶うわ。
フィアラは一つ、また一つと小石を沼に投げ込んでいた。
しばらくそうしていると、足音が聞こえた。
それに気付いた瞬間、急に胸が熱くなって、フィアラは思わず戸惑った。それに、どうしようもなく鼓動が騒ぎだした。
フィアラは、本当のことを慌てて心の奥にしまい込むと、それから無理に落ち着こうとした。
その気配は、忍び寄るように静かだ。おどおどと遠慮がちに近づいてくるような。
フィアラはゆっくりと肩越しに振り返った。
思った通りの姿があった。今日の彼は笑顔も見せず、困ったような気弱な表情で立っている。
フィアラは呆れた、というようにまた視線を沼に戻して、わざと不愛想な態度で言った。
「あなた・・・また来たの。どうして私に構うの。」
「それは・・・。」
フィアラは、しどろもどろに答える彼の声を背中で聞いた。再度振り向く気はなかった。
カイルは言葉を詰まらせたきり、何も言えないでいる。
それでフィアラは水面を見つめたまま、「医者だからね。病人を放っておけないんでしょ。」と、そっけなく言った。
「違うよ、それだけじゃあ・・・。」
カイルは自分に腹が立った。何とか説得したくてやってきたというのに、やはり上手く伝えることができない。心に響く言葉が分からない。カイルは焦って、つい思いついたままを口にした。
「ねえ、僕とリサの村へ行こうよ。君に友達を紹介したいんだ。それに今日は祭りの ――」
「よして! 見せたくないわ、こんな顔。」
フィアラの肩に手をかけようとしていたカイルは、突き飛ばされたような衝撃を受けて足をすくませた。
フィアラが右目だけをカイルに向けた。
「それにね、カイル、私、この森が好きなの。離れたくないのよ。私は、この森の空気に包まれているだけで幸せ。」
「嘘だ!」
「嘘じゃないわ。カイル、私の望みはね、この森の風になることなのよ。あの暖かくて優しい風になりたいの。強く願っていればきっと神様に届いて、私を哀れんで、この身体を風に変えてくれるって信じてる。じきに叶う望みなの。だって、きっと・・・もうすぐ死ねるから。」
思わず怒鳴ったものの、カイルはまた何も言えなくなり、黙った。
フィアラは心に壁を張り巡らしている。どんな言葉ならいいんだ。どんな言葉なら、彼女の心にそびえる壁を、巧みに乗り越えられるだろう。こんな時、レッドやリューイなら、どんな言葉をかけてあげるだろう・・・。
そうして悩みながら、カイルがただそっと隣に腰を下ろすと、フィアラは悲しげな苦笑を浮かべた。
「私の病気に気付いてから、皆がもっと避けるようになったわ。あんなに親しかった近所のおじさまやおばさまは、頬にキスの挨拶をしてくれなくなった。きっと、うつると思っているのね。」
「病院には行ったの?」
「病院は遠い町まで行かないと無いの。連れて行こうとしてくれてたみたいだけど、時間もお金もかかるから、なんだか悪くて。私、こんな顔で、あの家の子じゃないから・・・。」
カイルは、フィアラに哀れみと好感がわいた。この子は気が弱くて、自分のことより人のことを気にする、とても優しい子なんだな・・・。
「それで、勝手に出てきちゃったの?」
フィアラは小さくうなずいた。
「あ、でも、村に病気に詳しい人がいて、普通に話したり触ったりするぶんには問題ないって。でも・・・。」
フィアラの病気をまだ詳しく知っているわけではないカイルは、何とも言えずに返事をためらい、せめて腕を伸ばして彼女の手を握った。