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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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フィアラの願い



 くすんだ青緑あおみどり色の水面を、フィアラは一人きりで見つめていた。


 あの人は来るかしら。いいえ、きっともう・・・。


 フィアラは手元にあった小石をつまみ上げ、ぬまに投げ込んだ。


 どうしてなの、どうしてこんなに悲しいの。もうすぐ願いが叶うんじゃない。そうよ、もうすぐ・・・願いが叶うわ。


 フィアラは一つ、また一つと小石を沼に投げ込んでいた。


 しばらくそうしていると、足音が聞こえた。


 それに気付いた瞬間、急に胸が熱くなって、フィアラは思わず戸惑った。それに、どうしようもなく鼓動こどうが騒ぎだした。


 フィアラは、本当のことをあわてて心の奥にしまい込むと、それから無理に落ち着こうとした。


 その気配は、忍び寄るように静かだ。おどおどと遠慮がちに近づいてくるような。


 フィアラはゆっくりと肩越しに振り返った。


 思った通りの姿があった。今日の彼は笑顔も見せず、困ったような気弱な表情で立っている。


 フィアラは呆れた、というようにまた視線を沼に戻して、わざと不愛想ぶあいそうな態度で言った。

「あなた・・・また来たの。どうして私に構うの。」


「それは・・・。」


 フィアラは、しどろもどろに答える彼の声を背中で聞いた。再度振り向く気はなかった。


 カイルは言葉を詰まらせたきり、何も言えないでいる。


 それでフィアラは水面を見つめたまま、「医者だからね。病人を放っておけないんでしょ。」と、そっけなく言った。


「違うよ、それだけじゃあ・・・。」


 カイルは自分に腹が立った。何とか説得したくてやってきたというのに、やはり上手く伝えることができない。心に響く言葉が分からない。カイルはあせって、つい思いついたままを口にした。


「ねえ、僕とリサの村へ行こうよ。君に友達を紹介したいんだ。それに今日は祭りの ――」


「よして! 見せたくないわ、こんな顔。」


 フィアラの肩に手をかけようとしていたカイルは、突き飛ばされたような衝撃を受けて足をすくませた。


 フィアラが右目だけをカイルに向けた。


「それにね、カイル、私、この森が好きなの。離れたくないのよ。私は、この森の空気に包まれているだけで幸せ。」


「嘘だ!」


「嘘じゃないわ。カイル、私の望みはね、この森の風になることなのよ。あの暖かくて優しい風になりたいの。強く願っていればきっと神様に届いて、私を哀れんで、この身体を風に変えてくれるって信じてる。じきに叶う望みなの。だって、きっと・・・もうすぐ死ねるから。」


 思わず怒鳴ったものの、カイルはまた何も言えなくなり、黙った。


 フィアラは心に壁を張り巡らしている。どんな言葉ならいいんだ。どんな言葉なら、彼女の心にそびえる壁を、たくみに乗り越えられるだろう。こんな時、レッドやリューイなら、どんな言葉をかけてあげるだろう・・・。


 そうして悩みながら、カイルがただそっと隣に腰を下ろすと、フィアラは悲しげな苦笑を浮かべた。


「私の病気に気付いてから、皆がもっと避けるようになったわ。あんなに親しかった近所のおじさまやおばさまは、頬にキスの挨拶をしてくれなくなった。きっと、うつると思っているのね。」


「病院には行ったの?」


「病院は遠い町まで行かないと無いの。連れて行こうとしてくれてたみたいだけど、時間もお金もかかるから、なんだか悪くて。私、こんな顔で、あの家の子じゃないから・・・。」


 カイルは、フィアラにあわれみと好感がわいた。この子は気が弱くて、自分のことより人のことを気にする、とても優しい子なんだな・・・。


「それで、勝手に出てきちゃったの?」


 フィアラは小さくうなずいた。


「あ、でも、村に病気にくわしい人がいて、普通に話したり触ったりするぶんには問題ないって。でも・・・。」


 フィアラの病気をまだ詳しく知っているわけではないカイルは、何とも言えずに返事をためらい、せめて腕を伸ばして彼女の手を握った。









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