駆けくらべ
まだ馬に乗れない子供たちによる徒競走が行われた。参加者は、ミーアとそう変わらない幼子ばかりだ。どの子も活き活きとしたいい表情をしている。
ミーアもすっかりこの村に馴染んで、レッドやリューイに付きまとうこともなく、仲良くなった子たちとほとんど一緒にいる。そして、彼らの知らない間に、ミーアは人気者になっていた。魅力的な風貌で、愛嬌もたっぷりとある。ただ、気はかなり強いお嬢ちゃんだ。そのことを、誰よりもレッドはよく知っている。
さきほど行われた格闘とは違い、大人たちは誰もが相好を崩して、穏やかな声援を送っていた。荒々しい男の戦いのあとのこれは、言わばひとときの癒しであり、余興のようなもの。
競争は簡単に終わる。一斉に駆け出し、折り返し地点に立てた木の棒を回って、戻ってくるだけ。だが、最後までどうなるか分からないほどに距離はある。
アヒルのようによちよちてくてくと駆けてゆくのかと思いきや、思いのほか、どの子も野性的な、なかなかの走りっぷりを披露してくれた。そして驚いたことに、折り返し地点を過ぎるとミーアはぐんぐんとスピードを増して、前の三人をごぼう抜きに。結果、十二人中、上位三人の少年に次いで四位に押し上がるという快挙をみせた。
始めは面白がって軽い声援を飛ばしていたギルやリューイも、これにはびっくりして目を丸くし、声をそろえて感嘆した。ミーアの素性 ―― 公爵令嬢であること ―― は、すでに知っている。それで自然の中で育った村の子供たちに匹敵するとは、驚きだ。
だがレッドだけは、さすがに毎日のように侍女たちを撒いてみせ、城を抜け出していただけのことはあると、内心でそのすばしっこさを皮肉った。
だがふと、また瞳に陰を宿らせた・・・。
城へ戻れば、あとは一生籠の中だ。親友はおろか、同じ年頃の友達を作ることも、一人でしたいことを、したいようにすることも出来なくなる。川の浅瀬や草原を、こうして裸足で駆け回ることも・・・。
こんなに好奇心旺盛で活発な少女が、堅苦しい作法で縛りつけられ、付き人にずっと監視されて生きることになるというのは、レッドには可哀想でならなかった。
そんなレッドを見つけたミーアは、キラキラ輝く大きな瞳で、とびきりの笑顔で、両手をめい一杯振り立ててみせている。
レッドの方は、軽く手をあげて応えた瞬間に、少し頬を緩めてみせるしかできなかった・・・。