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【新装版】アルタクティス ~ 神の大陸 自覚なき英雄たちの総称 ~   作者: 月河未羽
【新装版】 第5章 風になった少女 〈 Ⅱ〉
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祈祷祭



 地平線まで草原だけを見渡せる場所では、早くも馬に乗った子供たちがひづめの音をとどろかせていた。競馬は最終種目で、子供の部と大人の部に分かれている。


 豊穣の女神メテウスモリアを楽しませようと考えられた祭りの競技は、射的、競馬、格闘(取っ組み合い)の正式には三種目。それに、まだ馬に乗れない幼子おさなごたちの徒競走が、数年前から加えられていた。


 射的が終わり、今は目の前で取っ組み合いが行われている。とはいえ、殴る蹴るの暴行は許されず、まさにつかみ合って払ったり、押し倒したりして、相手にひざを付かせれば勝利というもの。


 興味本位でリューイがこれに参加したがったが、その時、ギルとレッドがあわてて止めさせた。競技をつまらなくする気かと。


 戦っているのはクレイグとマット。互いの手をがっちりと握り合うところから試合は始まる。


 両者の雄叫おたけびと、見物人の大きな声援が会場内の空気を揺さぶった。夜中の一件でどちらも傷を負っていたが、手加減も遠慮もこのさい無用。正々堂々、力の限り戦わなければ、由緒ゆいしょある伝統に傷をつけることになる。


 猛猪もうちょのように突っ込んできたマットを、クレイグは真っこうからガシッと受け止めた。周りの男たちはさかんに腕を振りたて、好きなように叫び続けて、しきりに両者をあおいでいる。


 バーベキュー用の食材を切り分ける手伝いを終えたシャナイアは、目立たないように水車小屋の調理場を抜け出した。そして、小高い緑の丘から、柔らかい野草の上に座って、このふもとに作られたその競技場を眺めた。ここからちょうど、カイルを除いた四人の姿が見える。エミリオだけは相変わらず穏やかに目を細めているだけだが、ギルもレッドも、そしてリューイも、すっかり興奮している様子で、周りにいる村の男たち同様、しょっちゅう大口を開けては、腕をぶんぶんと振っていた。


 シャナイアが一人きりでしばらくそうしていると、水車小屋の方からレイラがやってくるのが見えた。一時的に彼女も抜け出してきたらしい。たぶん、私がいなくなったのに気付いてなのね、とシャナイアは悟った。


 丘を上ってきたレイラは、シャナイアのそばにたどり着くと、ニコッと笑った。それから、隣に腰を下ろした。


「どう?この村の祭りは。」


「いいわ、とても。皆が一つになってる感じで。」


「夜が来ればもっとそう思うわ。私たちのきずなは深くて強いのよ。私はここが大好き。」


 そうほこらしげに笑いながら、レイラは騒がしい男たちの群れを見つめた。


「私、彼に助けてもらったわ。ほら、紫の目の。彼、すごく強いのね。」


「・・・そうみたい。」と、シャナイアは曖昧あいまいに答えた。


「みたいって、知らなかったの?」


 レイラは、呆れた、という目をシャナイアに向ける。


「剣を持ってるのは見ても、使ってるのを見たことはないのよ。あの時は暗かったし、そんな余裕なくて。」


 シャナイアも奮闘していて、まさにそれどころではなかったのだが、この余裕がないという言葉は、彼女とレイラとでは意味が違っていた。だが、シャナイアはそう受け取るだろうと分かっていたし、とくに深く考えもせず言ったことだった。


「あなた、彼を好きになるわ。」


 笑みを浮かべて再び競技の様子を見ていたレイラは、そのままで唐突とうとつに言った。


「あら、言われるまでもないことよ。今だって大好きですもの。」


 冗談めかして、シャナイアはそう返した。


 すると、レイラはシャナイアの方を向いて、「愛するようになるってことよ。」と、笑顔のままサラッと言い、また丘の麓に視線を戻した。


 シャナイアは一瞬、動揺した。 


 それで思わず、まじまじとレイラの横顔を見つめたが、レイラの方は、何でもないことのようにずっと笑みを浮かべて、麓を見ている。


 割れんばかりの歓声が起こった。


 反射的にシャナアが目をやると、ちょうど視線がギルにぶつかった。


 その時、興奮したリューイに肩をバンバンと叩かれ、それに応えて顔を向けてきたギルのその少年のような表情に、シャナイアは瞬間ドキッとした。が、なぜかレイラに気付かれないよう横を向いた。


 シャナイアは視線だけを向けて、そっとレイラの横顔をうかがう。


 それに気付いてか偶然か、レイラは相変わらず同じ笑顔で、男たちを眺めているまま言った。


「だって、私たち似てるもの。」


 レイラは、いつまでも笑っていた。


 彼女はつややかな長い真っ直ぐな黒髪をしていて、マットな水色の瞳で、シャナイアもうらやむほどに美しいが、どうであれ、見えるところでは共通するものなど一つもない。


 だが、シャナイアは何も返さなかった。ただレイラの隣で、同じように男たちを眺めた。







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